2018-03-10静岡県文化プログラム スペシャルトーク「芸術は楽しい!! オペラ歌手と漫画家が語る舞台裏」

暮らしにおける表現の役割

静岡県文化プログラムのスペシャルトーク2が3月10日、静岡市駿河区の静岡芸術劇場で開かれました。ゲストはオペラ歌手の清水華澄さんと漫画家のしりあがり寿さん。二人とも静岡市出身です。ホストは、本年度の芸術選奨文部科学大臣賞を受賞したばかりの宮城聰静岡県舞台芸術センター(SPAC)芸術総監督が務めました。

アンコールも含め全5曲をメゾソプラノで披露した清水華澄さん

第1部のミニ・リサイタルでは、宮城さんが演出を務めた『ルサルカ』(2017年)にも出演した清水さんが艶々しい美声を披露しました。演奏曲はアンコールも含め全5曲。『カルメン』の有名なアリア「ハバネラ」、グスタフ・マーラーの妻で才女として知られたアルマ・マーラーが作曲したドイツ歌曲(リート)、ストラヴィンスキーがギリシャ悲劇を元に作曲した『エディプス王』の「恥と思わぬか、王子たち」など、バラエティに富んだ選曲で、清水さんの表現力の豊かさに圧倒されました。また照明も含め巧みな演出からSPACの実力も垣間見られました。

「(文化芸術との)出会いが発展することに意味がある」と話す清水さん

第2部のスペシャルトークでは、まずミニ・リサイタルの言語がフランス語やドイツ語、ラテン語、イタリア語と多様だった点を宮城さんが指摘しました。宮城さんは「歌詞の言語が違うと身体が変わる」と思いながら客席から見ていたそうです。特にドイツ歌曲は、リフレインが少なく、ストーリーを展開する歌詞の言葉にメロディがつく感じだと述べていました。これには、清水さんも大きくうなずき、「オペラ発祥の国の言語で、母音を伸ばしやすいイタリア語と比べて、ドイツ語は子音が多く、その子音のリズムを上手に活用しているかどうかで、ドイツ語を母語とする人が作曲したのかどうか分かってしまう」とのことでした。

「優れた表現は、必ず何かしらもたらしてくれる」と話すしりあがり寿さん

続いて話題は、静岡市内で少年少女時代を過ごしたゲストの二人が、どのように「表現」と出会ったのかに移りました。実は清水さんもしりあがりさんも、小学生時代は内弁慶で人前に出ることが苦手だったそうです。しかし、清水さんは中3のときに歌に出会い、高校の合唱団の先生に励まされて音大に進み、声楽家の道を歩みます。しりあがりさんは、ご両親に絵が上手いと誉められて自信を持ち、美大に入り、会社員生活を経て、漫画家となったそうです(個人的に初期の『エレキな春』など大好きな作品です)。二人とも、表現の道を目指している若者に対して「枠を決めずに思いきり伸び伸びと挑戦してほしい」(清水さん)「やめようと思うまでチャレンジすればいい」(しりあがりさん)と、自らの10、20代と重ね合わせて励ましの言葉を送っていました。

また、宮城さんは「『Gifted(天賦の才を持つ人)』であるプロ中のプロとそうでない人たちの間にある壁がとても高い。プロとアマチュアの区別がお金を稼げるか稼げないかだけで、線引きされがち。プロでなくても表現が暮らしと密接に関わっていること、商売の原理とはまた別の物差しがあることを、もっと提示するべきではないか」と、問題提起しました。

この点について、しりあがりさんは「夜空を眺めて、星座を作りたくなっちゃうように、表現は人の自然な営み。うまくできるかどうかはその先の話。今、知り合いを集めて、フェスティバルをしている。その中に、バンドや芝居だけで食べている人はいない。でも当日、当人たちはすごく楽しそう。それは自分が表現する手段をもっているから。静岡県内には『SPAC』『大道芸ワールドカップin静岡』『ストレンジ・シード』など、いろいろなパフォーミングアーツの催しがある。演じることに関して、こんなに恵まれた県はない。ぜひ参加する側、関わる側に回ったらどうか」と提案しました。

さらに、「会社員や農家、漁師にとって、芸術や表現をどう捉えたらいいのか。表現が、人間の暮らしや人生と分かち難く結びついているというコンセンサスを、日本ではまだヨーロッパと比べると得られていない」という宮城さんのもう一つの問題提起に対して、清水さんは「今日みたいに皆さんとつながれる場があること自体が私はうれしい。スタッフの方が、私のその場のリクエストに応じて照明を明るくしてくれたり、みなさんが私の話を聞いて笑ったりしてくれる。この場で記憶に残った曲をYouTubeなどで調べる。そうやってこの場の出会いが発展することに意味がある」と、この日のイベントの効用を具体的に挙げることで問いかけに応じました。しりあがりさんも、「清水さんの今日の歌声を聴いて、この中の何人かはきっとカラオケで、自分もどれだけ大きな声が出せるか試すはず」と会場の笑いを誘いつつ、「優れた表現は、必ず何かしらもたらしてくれる」と、文化芸術活動への信頼を口にしました。

暮らしと芸術の関係について問題提起をした宮城聰さん

最後に、宮城さんは、2020年の東京オリンピック・パラリンピックを念頭に、「過去の戯曲をAI(人工知能)に学習させれば新しい戯曲を書き上げるかもしれない。しかし、オリンピックの競技場で競われるのは、人間の速さや跳躍力。スポーツも芸術も、人間と機械を比べるのは意味がない。芸術は人間を賛美するために必要だし、表現はいきいきと暮らすヒントとしても存在している」と説明し、この日の鼎談を締めくくりました。

今回のスペシャルトークなど文化芸術の場に関わった個々人が、何かしらの刺激を受け、自分の取り組みに生かし、また別の活動に還元する。その繰り返しが、2020年さらには2020年以降に向けて、文化の土壌を耕すことになるはずだと、3名の“プロ中のプロ”の話をうかがって、あらためて感じました。

小林 稔和 DARA DA MONDE
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