2018-09-08【Shizuoka Studyキックオフトーク開催】

「静岡県文化プログラム」はこれまで、社会や地域課題にアートを掛け合わせたプログラムを県内の団体と共に展開してきました。

 

公募で集まった団体に伴走しながら支援を行ってきたコーディネーターが、これから文化・芸術活動を始めようとする人たちと共に学び、ネットワークづくりを目的として企画した勉強会が「SHIZUOKA Study」です。実践的な勉強会に入る前に「日頃の想いから立ち上げる文化・芸術活動」と題したキックオフ・トークを9月8日土曜日に静岡県コンベンションアーツセンター「グランシップ」4F会議室にて開催いたしました。

 

井上泉氏(シズオカオーケストラ代表)、久保田翠氏(認定NPO法人クリエイティブサポートレッツ理事長)を迎えて、日常の中で想いが起点となった活動の立ち上げから、その後の展開に焦点を絞って話をお聞きしました。

左から鈴木一郎太プログラムコーディネーター、井上泉氏、久保田翠氏

まちづくりのジャンルで任意団体として活動している井上泉さん。そもそもは平成28年度の静岡県文化プログラムのモデルプログラム採択がご縁です。井上さんは静岡生まれ静岡育ち、繁華街の外れにあるお寺に生まれ、高校までは静岡、その後は東京の大学で学び、社会人になって東京と静岡を行ったり来たりしていたそうです。その間に生まれ育った地域やもともと映画街だった七間町からどんどんと映画館が閉館し、空き店舗が増えていく様子を目の当たりにし、何かせずにいられない、まちに何か恩返ししたい、と思って活動を始めたそうです。

 

「旅先の地元の方とお話するのが好き、企てるのが好き。お酒とノートを片手に企画するのが好き、戦争が嫌だ、わあっと議論したり、簡潔な言葉で喋るのが苦手、だからこそイベントやプロジェクトを企画して伝えることをやっているのかも」と語ります。

シズオカオーケストラは団体としては5年目。前身はグリーンドリンクスシズオカで、これは7年目を迎えています。グリーンドリンクス静岡とは「静岡X(適宜テーマ)」でまちのことを気軽に話しながら飲みながら語り合うプラットフォームで、井上さんはそこから「動けば動くほどいろんな人と出会えて、徐々にやりたいことを形にして行ったという感じ」だったそう。そこから即席ゲストハウスの「みんなのnedocoプロジェクト」、「400年後の妄想まちあるき駿府九十六ヶ町」や小学校の取り壊し直前メモリアルイベントの「生まれ変わりの文化祭」などのアイディアと実行チームが生まれたそうです。

 

そもそも「まちのことは誰が決めているのか?」という素朴な疑問を持ったのがきっかけで、活動を始めたけど、「変わらなきゃやばい」、と言っていたのに、いろんな人とまちの顔を知ることで、自分たちの視点が変わればよい、ありのままの静岡を受け入れつつ、優しく暮らして行くにはどうしたらいいかなあ、という考えに変わり、シズオカオーケストラの設立につながっていったそうです。さらに静岡のこれまでの文化を知り、耕し、これからの文化を創ることを目的とする。今ここに行き着いた、と語りました。そして「一人でもやりきる覚悟」と「絶対に一人ではできないという感謝の気持ち」を一見矛盾していながらもいつも大切に胸に留めながら活動しているそうです。

 

ちなみに名前の由来ですが、仮にシズオカというタイトルの曲があるとしたら重なり合うハーモニーだとかテンポや強弱だとか、まちの人の営みそのものだなあ、それを楽譜にしていきたい、という思いから名付けたそうで、音楽活動ではありません。

 

 

久保田翠さんが理事長を務められている認定NPO法人クリエイティブサポートレッツはすでに18年間活動を継続しています。そもそもは重度知的障がい者の息子さん「たけし」くんと暮らしていくことで社会から孤立化、周縁化し、子育ての閉塞感もあいまって、たけしくん、自分と家族の居場所が欲しい、と感じたことが活動を始めるきっかけだったそうです。

 

「障がいがあるっていうことで自分も周縁化していくし、いろんなものを背負っている。でもじゃあプラカードを持って(訴えたり)、とか、福祉の仕事、人の世話をする仕事もそんなに好きではなかった。もともと芸術専攻だったからその中で解決する方法を考えるしかなかった。」と語ります。

 

「まずは目の前の子供をどうやって認めるのか、から始まりました。学校では小学校一年生の時、食事が自分でできる、排泄が自分でできる、を目標したけれど、親は二年生でそれは無理、ということに気づきます。そこからずっと排泄と食事が目標にされる。でもできないものはできない。しかしたけしが石を入れものに入れて叩くことはずっと飽きずにできる。石を叩くことから広げてもらえないか、と言うと、先生からは問題行動、と言われる。それをやめさせて他のトレーニングをさせる。一体問題行動は誰が決めているのか?」

 

「問題行動とは誰が思っているのか?私でも息子でもない。問題行動を個性として思ってしまうと、考え方がひっくり返る。そういうことか、と気がつき始めた。」と振り返りました。

 

「個人が社会に合わせるのではなく、社会側の問題としてみることもできるのではないか?障がい者が変わらないといけない、というのは固定観念で、それを決めているのは誰か?彼らの世界観とか、価値観を私たち自身が受け入れてもいい部分がある、それを気づかせてくれるが障がい者かもしれない」

 

そこからやりたいことをやりきる熱意を新たな文化創造の軸と捉える考え方を実践する場として「たけし文化センター」のコンセプトが生まれ、「誰もが持つこだわりや熱心に取り組むことを受け入れることは職業、経験、経歴、地位、名声などの価値観が変わっていく。」ことを目の当たりにしながら、「のヴぁ公民館」「たけし文化センター連尺町」「タイムトラベル100時間ツアー」「表現未満、」などの現在の活動プログラムに発展していきます。

 

 

井上さんも久保田さんも、トークでは活動の源泉となる「日頃の想い」と現在の活動プログラムをリンクさせながら、プログラムや事業を具体的に説明くださいました。彼らの「日頃の想い」を軸にしてあらためてその活動内容を聞くと、目的も全体像もはっきりと明確になり、それぞれのプログラムが有機的につながっていく感覚を覚えます。お二人とも共通するのは、その「日頃の想い」につながる、沸き起こった「疑問」を大切にしていること。ものごとの既成概念を、その新しい視座から見直し、自分のまわりの関わってくれる人たちや地域との出会いを大切にしながら、化学反応を少しづつ起こしてきていることです。一度に変化は起きない。やはり文化・芸術と社会・地域課題とのつきあいは長く見守る必要があることを痛感しました。同時に想いを絶やさず、スタッフやサポートしてくれる人たちと共有し、組織として整えて、事業として長く持続させる難しさも指摘しています。そこからは具体的なアートマネジメントの領域となるでしょう。

 

Shizuoka Studyでは次回以降のセッションでは具体的かつ実践的なアートマネジメントの基礎をみなさんと共に勉強していきます。次回は「想いを見える化してみよう」~企画書・予算書の書き方~と題し、「日頃の想い」をどのように整理し、企画書・予算書に落とし込んでいくのか、プロセスを丁寧に追っていきます。

 

最後に質疑応答で「これから一歩踏み出す人たちにアドバイス」を求められ、次のようにエールを送ってくれました。

井上さんは「小さく始める。ライトに。」

久保田さんは「始めるのはそんなに難しくはない、やってしまえば良い。どうしてこうなの?と気が付いた人がやるしかない。そういう人が社会に多くいないと。態度と言葉と行動で表明しないと。でもそれは大変なことではないような気がする。声をあげればいいのだから」

佐野 直哉 コーディネーター
オルガン奏者として英国留学後、ビクターエンタテインメント、駐日英国大使館やブリティッシュ・カウンシル勤務を通じて、クリエイティブ産業振興、ロンドンオリンピックやイングランドラグビーW杯など国家ブランディング関連の広報文化キャンペーンを担当。東京藝術大学大学院博士後期課程在学中、青山学院大学・上野学園大学非常勤講師。
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