文化やアートをめぐるさまざまなこと。
アーツカウンシルしずおかの目線で切り取って、お届けします。
いっぷく
vol.46
「色員さん」という先生たち
(チーフプログラム・ディレクター 櫛野展正)
「あんたの顔見たくなかった、べーだ」。
今回も「こんにちは」という挨拶代わりの言葉が聞けた。
今日もめいちゃんは元気そうだ。
沼津市内の任意団体「こころのまま」主催となる4度目の絵画制作イベントが開催された。
今回の舞台は、静岡県沼津市にある「サンウェルぬまづ」で、「色員さん」と呼ばれる障害のある「こころのまま」メンバーにとっては、普段から利用しているホームグラウンドのような場所らしい。
そのためか、いつになくリラックスして制作に臨んでいるように思えた。
前回、机を壁際に設置しておいたところ、天邪鬼なめいちゃんもみんなと一緒に活動に参加することができた。
今回も壁際に机を向けてみたが、何とめいちゃんは自分で机を動かし、大好きな晃太朗くんの向かいに座って絵を描き始めた。
聞けば、2人の付き合いは長いけれど、学区の関係で現在は別々の特別支援学校に通っているようだ。
人との関わりを求めているめいちゃんにとっては、このワークショップが心許せる仲間と触れ合える何より大切な時間なのだろう。
一般的に「机を壁際に設置する」というのは、余分な刺激を排除するための「構造化」と言われる手法だ。
ところが、こうした教科書的な支援をふわりと飛び越えて、晃太朗くんに近づきたいから机も近づけるなんていう逆転の発想に、僕は思わず感服してしまった。
いっそのこと、晃太朗くんの写真を入れたロケットペンダントを身につけたらどうだろう。
あるいは、好きな人たちの写真を入れたミニアルバムを持ち歩いたらどうだろうか。
きっとそのアルバムは、めいちゃんの交友関係を示す指標となるし、第三者とのコミュニケーション手段にもなるはずだ。
そんな妄想が僕の頭に浮かんでくる。
めいちゃんは、晃太朗くんの真似をして今回初めて大きなキャンバスに取り組むこともできた。
「そうだ、青木さんの顔を描こうっと」。
そう言って、完成した作品を嬉しそうに見せに行く。
めいちゃんの視線の先には常に「人」がいるのだ。
そんなめいちゃんに、一瞬ひやりとする場面があった。
終了後のフィードバックの際、めいちゃんのお母さんが話していると、近づいていって携帯電話を奪い、思わず床に叩きつけてしまった。
お母さんによれば、皆の前で母親が話している様子を自分ごとのように感じ、緊張がピークに達すると癇癪を起こしてしまうこともあるのだという。
シールを貼ることが好きなめいちゃんは、指先に力を入れる活動を好んでいるように感じる。
これは固有受容覚という筋肉に力を入れる活動に由来するものだ。
もちろん、癇癪を起こすような場面を避けることが大切だけれど、そうなってしまった場合、力を入れて握ったり壊したりしても良いストレス解消グッズ等を準備しておくことが必要だろう。
カタカタカタカタ——。
悠也くんの片足が小刻みに震えている。
キョロキョロと周囲を頻繁に見渡し、指先を触る回数も増えている。
あぁ、しんどそうだなと察した。
原因は、見通しのなさにあるのだろう。
サポート役の高校生と旅行情報誌に載っている食べ物などの写真を見ながら絵を描いていたけれど、ひとつ描き終えると、また次のモチーフを高校生が選んでくれる。
就労継続支援A型の事業所へ通う悠也くんは、家では母親からお願いされた洗濯干しや風呂掃除を完璧にこなしているという。
0か100かという白黒思考の強い悠也くんにとっては、いつ終わるとも分からないこの活動に、きっと不安を感じていたはずだ。
「目で見て理解できる形にしてみよう」と高校生に助言し、画用紙に鉛筆で薄くマス目を描いてもらい、マス目の数で「終わり」がわかるように配慮して貰った。
いや、ひょっとするとダンスやサッカーなど身体を動かすことが好きなので、水風船などに絵の具を入れて投げつける一瞬で完成する固有受容覚を刺激するような絵画制作の方が良いのかも知れない。
こんな風に、このワークショップは絵画制作という体裁をとってはいるけれど、実は彼ら彼女たちの生活そのものもサポートしようと試みている。
色員さんという僕らの先生は、いつも色々な「問い」を僕らに投げかけてくれる。
果たして、それにどんな「解」を打ち出していくのか。
僕らの技量が試されるところだ。