文化やアートをめぐるさまざまなこと。
アーツカウンシルしずおかの目線で切り取って、お届けします。
いっぷく
vol.29
民俗芸能としての洋楽器文化
-浜松とラッパ-
寄稿 ・ 奥中康人
(静岡文化芸術大学文化政策学部教授)
浜松まつりの主役は、何と言っても凧です。
凧のシンプルな構造、各組の独特の図柄、放射状に張られた凧糸の曲線、そして凧を操る技術。どれも美しいと思います。
しかし、音楽の研究者である私は、どうしてもラッパに注目してしまうのです。
ラッパ〔Bugle〕は、19世紀後半にヨーロッパからやってきた金管楽器で、軍隊や消防を通じて、ピアノやヴァイオリンよりもずっと早くから、全国に普及しました。
しかし、その後、ブラスバンドやオーケストラで用いるトランペットやホルン、トロンボーン等が広まったので、ラッパの存在感は相対的に薄くなってしまいました。
ところが、浜松では凧揚げ祭りに用いられたことで、「まつりの鳴物」として認知されています。
それゆえ、本来、祭の衣装「ハッピ」とヨーロッパの金管楽器「ラッパ」は、相容れないはずなのに、浜松ではそうではありません。
このように、帯にラッパをさした立ち姿は、とても「粋」で、「オシャレ」なこととしてポジティブに評価したくなります(私だけ?)。
近年は、ラッパを携帯するための革製ホルダーも売り出されています。
もし、2台のラッパを持ち歩くとなると、両手がふさがってしまいます。
そんな時、このホルダーがあると便利ですね。
お店で買ったばかりのラッパはピカピカ光っています。
しかし、それはちょっと抵抗があるので、自分で好みの色にペイントして、カスタマイズするという人も珍しくありません。
このような「創意工夫」は、おそらく、オーケストラやブラスバンドの音楽家の方々には、絶対にできない(思いもよらない)ことでしょう。
浜松では、ラッパは舶来楽器ではなく、自分たちの民俗楽器として手なずけ、取り込むことに成功しました。
おそらく日本で一番早く!(似たような文化に、河内音頭のエレキギターが挙げられます)。
腰を抜かすくらい驚いたのは、数年前に遭遇したヒョウ柄・ゼブラ柄のラッパです。
なんとクリエイティブな行為でしょう。
もちろん、塗装は手作業ということです。
浜松まつりの調査で、長年お世話になっているトールさんは、「ラッパをわざわざ薬品に漬けて、ピカピカのラッカーを、あえて剥がした」と言います。
ベルのあたりの暗く渋い色が、アンティーク風で、ヴィンテージな雰囲気を、よく出しています。
他方、マウスピースは、銀色のヤマハのマウスピースEM2(エリック・ミヤシロのシグネチャー・モデル)を、特別に金メッキにするコダワリをみせています。
次の写真は、トールさんが「ちょっとトイレに行ってくる」と、ラッパを置いて去った後の一枚。
直接、地面にラッパを置くという、その無造作なところが、なんともカッコいい!
一見すると、楽器を雑に扱っているようですが、必ずしもそうではありません(トールさんは「浜松まつり」が終わっても、毎日のようにラッパの練習をしているらしい)。
浜松では、新しいラッパも生まれています。
たとえば、「低音のラッパが欲しいな」というニーズに応えて、大型の、1オクターブ低い音がでるラッパ「デカラッパ」が誕生したのは約10年前。
「後ろからついてくる子供たちが迷子にならないよう、ラッパの音が後方に聞こえたらなぁ」という、子供ラッパ隊からのニーズに応えた「後ろ向きラッパ」。
浜松のラッパ文化が盛んなのは、「浜松に大手の楽器メーカーがあるから」と思う人がいるかもしれません。
しかし、浜松まつりで用いられている、ほぼすべてのラッパは、台湾製か、日本の零細企業(YAMATOの上野管楽器等)のラッパで、浜松のY社やK社は、ラッパをつくっていません。
ただし、浜松は工場が多いため、金属加工や塗装など、自分でできてしまう、という風土が関係していることは確かなことでしょう。
新型コロナウイルスの感染を防止するため、2021年に縮小開催された浜松まつりでは、ラッパが禁止されました。
それでも、ラッパの音は、やはり不可欠。
2022年のゴールデンウィークはどうなるでしょうか。楽しみです。