文化やアートをめぐるさまざまなこと。
アーツカウンシルしずおかの目線で切り取って、お届けします。
いっぷく
vol.54
担ぎにおいでよ!蛸みこし
(プログラム・コーディネーター 立石沙織)
アーツカウンシルしずおかでは、3月12日(日)に「おもしろい人に会いたい!!2023 -しずおかアートプロジェクト見本市-」をグランシップにて開催します!
これは、従来のアートプロジェクト活動報告会を大胆に発展させ、大人も子どももお祭り気分で遊べる一日としてご用意しようという企画です。当日は県内外の「おもしろい人」をたくさん集めて、ライブやトーク、ワークショップなどなど…盛りだくさんなプログラムでお送りする予定です。
でもたった1日だけで終わるのではもったいない!…ということで、イベント当日までの準備期間にもアートプロジェクトの面白さを体験できる機会をつくっていくプロジェクト「担ぎにおいでよ!蛸みこし」を、昨年の12月からスタートさせました。
今回は、このプロジェクトのこと、プロジェクトで起きていることの一部分をご紹介したいと思います。
蛸みこしってなんだ?
《蛸みこし》とは、「蛸の脚はその1本1本に独立した知性がある」という研究に着想を得てつくられた、芸術探検家・野口竜平さんの作品です。しなやかな8本の竹ひごを海の生き物に見立てるというアーティストの発想は、私たちの思い込みを超えて思考の広がりを感じさせます。
これは野口さんのアート作品であると同時に、8人で息を合わせて担ぐことで、その瞬間だけに存在する小さな「共同体」をつくりだすためのアートプロジェクトでもあります。
人々は蛸の脚を1本ずつ担ぎながら、自然とみんなで息を合わせること、一人ひとりバラバラな意識を持ったままでいることを繰り返します。すると、刻々と変化する8人の関係の様相が、蛸の踊りとなって現れていくのです。
蛸は「私」が動かしているのでしょうか、それとも「誰か」に動かされているのでしょうか。
次第に曖昧になっていく感覚の中で、《蛸みこし》は私たちに人と人の出会いや集まりについて再考するきっかけをつくってくれます。
蛸みこしと富士吉原との出会い
野口さんは、今年度のマイクロ・アート・ワーケーション※1に「旅人」として参加しました。昨年10月に約1週間、富士市吉原地区に滞在し、吉原地区ゆかりの竹取物語の伝説や、地元企業の染色技術、吉原祇園祭の文化などをリサーチしました。
※1 マイクロ・アート・ワーケーション:まちづくり団体等がホストとなり、アーティスト等が「旅人」として約1週間、県内各地に滞在することで、アーティストと地域住民の交流を図るプログラム。アーティストは滞在中に見出した地域の魅力をウェブサイトnoteで発信する。
その数日間の滞在で表れた、アーティストの地域を見つめる視点、常に新しい物事に出会っていこうとする探究心、自然と人を惹きつけていく対話の力。
さらに《蛸みこし》という作品が持っている、偶然出会った人々にも「自分も担いでみたい」と感じさせる不思議な魅力。
今回は、これらの力に期待を寄せて、野口さんに「おもしろい人に会いたい!!2023」への参加を依頼することにしました。
2023年1月、野口さんは再び富士市吉原地区に滞在し、今度は約1ヶ月間《蛸みこし》を制作するための「蛸みこし研究センター」をひらきました。日々近所の人々が立ち寄るこの場所には、蛸みこしづくりと並行するように歴史や文化に関する情報が蓄積されていきました。
それから今、そこで集まった情報を元に、野口さんは《蛸みこし》と吉原とをつなぐ8つの物語を生み出そうとしています。
※2 研究経過報告会は終了しました
そして、竹や蛸といった身近なモチーフから生まれた《蛸みこし》や野口さんという存在は、吉原の人々の創造性を刺激し、次々とユニークなアイデアや提案を導き出しました。
3月12日(日)の会場では、その吉原の人々と《蛸みこし》との出会いが引き寄せた様々な化学反応を、野口さんの滞在をサポートした吉原中央カルチャーセンター※3の視点で記録し、展示する予定です。
※3 吉原中央カルチャーセンター:静岡県富士市・吉原商店街を中心に繰り広げられる文化芸術の交差点。現在は地域にアーティストを一定期間招く「アーティスト・イン・レジデンス」事業の展開を構想中。
Website: https://www.yccc-fuji.city/ Instagram: https://www.instagram.com/yccc_fuji/
蛸みこしが旅した静岡県
2023年2月には、まだ見ぬ「自分も担ぎたい」という人に出会うため、富士市吉原地区から出発して《蛸みこし》が県内各地を旅するツアーを野口さんと一緒に実施しました。
マイクロ・アート・ワーケーションでホストとして参加した森町、三島市、東伊豆町の3団体にロケ地の提案や担ぎ手への声かけなどを依頼し、地域の人々が《蛸みこし》を担ぐ様子を動画で撮影しました。
行った先々でその地に暮らす人々と一緒に担ぐコラボレーションを行うことで、「自分も担いでみたい」「自分たちならこうしたい」という関わる人々の創造性を引き出し、みんなでわいわい活動する楽しさを実感する機会となりました。
この様子は、短いプロモーション映像としてまとめ、Youtubeで公開しています。
蛸みこしをきっかけに、
“アートプロジェクトだからできること”を考えてみる
ここまで読み進めると、そもそもアートプロジェクトって何だろう?
一体何ができるんだろう?他のプロジェクトとどこが違うんだろう?
と、そんな疑問が芽生えているかもしれません。
ここで《蛸みこし》を起点にした4つの視点から、目の前の地域や暮らしを今よりもっとおもしろくしていく”アートプロジェクトの可能性”について考えてみました。
1.個人の思いからはじまっている
《蛸みこし》は、「蛸」をモチーフに人間の社会を考えてみるという、一人のアーティストの発案からはじまりました。「どうにかしたい」という課題意識や、「おもしろくなりそう」という期待感は、日々の暮らしや仕事の中で、私たちの中にも芽生えているのではないでしょうか。
個人の思いそれ自体の価値を認めて、社会や組織に問いをなげかける活動の出発点にできるのがアートプロジェクトです。
どこかから持ってきた「借り物の価値観」ではなく、いいと思ったものをいいと言えるあなたの思いそのものが、地域社会を動かすきっかけになるかもしれません。
2.“わからない”にも向き合ってみる
はじめて《蛸みこし》に遭遇する人は、その不思議な姿から「あれは何だ?」「何のために?」と戸惑うことでしょう。でも答えはひとつではありません。
だからこそ私たちは《蛸みこし》を担ぎ、ふにゃふにゃの竹から伝わる重みや弾力、相互に作用しあう担ぎ手8人の力を体感してみるのです。実際に触れたことから得られる感覚と経験によって、自分たちなりの答えを導き出せるように。
アートプロジェクトには明確な答えがない。ゆえに、関わるみんなが自身の考えを伝え合い、互いの価値観の違いを見出していくプロセスこそが重要です。
多忙な現代人である私たちは、ついつい最短ルートで答えを求めたくなるけれど、そんなふうに時間をかけて問いに向き合ってみれば、新しい発見や出会いがあるはずです。
3.バラバラなままでも一緒にいられる
みんなでつくってみんなで楽しむお祭りは、同じ地域に暮らす「共同体」としての表現活動です。一方、移住や多拠点生活が一般的になった昨今、そこに関わる人々は多様化しています。そんな新しい人々の集まりでは、異なる背景や思考を持つ個人の存在を認め、一人ひとりの違いを尊重し合える関係性が求められているのではないでしょうか。
全員がバラバラな考えを持ちながらも一緒にいられる状態を、野口さんは「共異体」と表現し、《蛸みこし》の脚を支える8人の姿に照らし合わせます。違いこそが面白いと思える価値観を地域に広げていくこと、それもまたアートプロジェクトができることなのです。
4.気づきの波がひろがっていく
竹、蛸という身近なモチーフから生まれた《蛸みこし》は、誰もが参加できるアートプロジェクトです。担ぎ手としてだけでなく、《蛸みこし》に遭遇すること、見守ること、それらを通して何かしら考えることも「参加」のあり方なのかもしれません。
様々な人を多様な方法で巻き込んでいくアートプロジェクトは、最初は受け身だった人が、その場から刺激を受け、自身の活動や事業の打開策を見つけることもあります。この気づきは次なるプロジェクトの種であり、閉塞感のある現代社会に新しい風を吹き込むためにも必要です。この気づきを一人でも多く社会全体へ伝播していくこと、それが私たちのアートプロジェクトに期待することなのです。
担ぎにおいでよ!蛸みこし
みんなでつくってみんなで楽しむ地域のお祭りは、すべての人がつくり手となります。アーツカウンシルしずおかでは、この誰もが主役になれるお祭りのように、住民の方々が自ら地域を元気にしていくアートプロジェクトを応援しています。
さあ3月12日(日)は、グランシップを舞台に「アートdeわっしょい!」。
会場に出現する3体の《蛸みこし》は、どなたでも担ぐことができます。
ふにゃふにゃした蛸の脚を手にして担いでみれば、私たちの凝り固まった身体やイメージを解きほぐし、みんなでひとつの物事に取り組むことの「楽しさ」と「むずかしさ」を感じさせてくれることでしょう。
この体験が、それぞれのアートプロジェクトを想像したり、今よりもっとおもしろい未来について、あーだこーだと考えてみたりするきっかけとなれば幸いです。
お子様と、お友達と、お一人で、どなたでもどうぞ。 蛸と一緒にお待ちしています!