COLUMN

いっぷく

文化やアートをめぐるさまざまなこと。
アーツカウンシルしずおかの目線で切り取って、お届けします。

vol.56

2年間の取組で見えてきたこと

(アーツカウンシル課長 松田有紀)

アーツカウンシルしずおか(以下、「ArtS」という。)が、2021年1月に公益財団法人静岡県文化財団の一部門として設置され、同年4月から本格稼働して2年が経過した。

手探りの状態からスタートしながらも、「超老芸術」などArtSのシンボル的な事業を生み出し前進し続けたこの2年間の取組で、少しずつ見えてきたことをまとめてみたい。

ArtS は❝すべての県民がつくり手(表現者)❞となることを目指して、誰もが有する創造力が活かされる道をひらき、社会の様々な分野でイノベーションが生まれる創造的な地域づくりに貢献する組織として、主にアートの「社会的価値」に着目し、アートの力が様々な分野の取組の「媒介」として活かされるよう事業を展開している。

ArtSの事業の柱は、まちづくりや観光、国際交流、福祉、教育及び産業など社会の様々な分野において、地域資源の活用や社会課題に対応し実施される住民主体の創造的な取組“アートプロジェクト”を県内各地で活性化させることである。 

具体的には、助成制度文化芸術による地域振興プログラムを設け、アートプロジェクトの担い手である“住民プロデューサー”の活動をArtSのプログラム・ディレクター、コーディネーターの5人が伴走支援している。

こうしたアートプロジェクトを静岡県内全域、かつ社会の様々な分野で活性化させるためには、住民プロデューサーの候補となる人々を県内各地で発掘し、実施を後押しするような取組が必要であるが、ArtS単独では時間的にも人員的にも限りがあるため、以下のようなキーパーソンや団体との接点をつくり、その力を借りようと考えた

地域づくりのキーパーソン

住民プロデューサーの候補者を発掘するため、まちづくりや移住支援等で活躍し、若者や課題解決意欲の高い人々を惹きつけている地域づくりのキーパーソンに着目した。こうした人達にアートの社会的・経済的価値を実感してもらうことで、キーパーソン本人はもとより、周りに集う人々が将来的に住民プロデューサーとして活躍してくれることを期待している。

クリエイティブ人材

アートプロジェクトを活性化させるためには、必ずしもアートの専門性がない住民プロデューサーの活動を支え、協働するアーティスト等の存在が重要である。この協働は、みんなでつくって、みんなで楽しむ祭りのように、「つくり手と受け手の流動化」を目指すものであり、ArtSの事業では、地域住民など「関わる人々の創造性を引き出すアーティスト、アートディレクター、 アートマネージャー、キュレーター等」を『クリエイティブ人材』と定義している。

これまでのArtSの事業を通じ、クリエイティブ人材の洞察力、リサーチ力、本音を引き出す力、言語表現力等の高さを改めて認識する結果となった。

こうした人材が地域社会で暮らし、日常的に住民と交流する環境が生まれることにより、住民の創造性が触発され、若者を惹きつけるなど、地域の魅力向上につながることが期待される。

企業

将来の予測が困難なVUCAと呼ばれる時代にあって、アーティストが作品を生み出す際の考え方や思考プロセスとされる『アート思考』をイノベーションの創出や、社員教育のために導入する企業が増えるなど、ビジネス分野におけるクリエイティブ人材の活動領域の拡大が期待される。

また、企業が近隣住民との関係づくり等を目的に、クリエイティブ人材との協働が進むことにより地域経済が活性化し、そこで実感したアートの社会的・経済的価値が企業側から発信されることで、アートとビジネス分野との連携が加速すると考えている。

自治体

「アートを媒介としたコミュニティづくり」であり、様々な分野の課題に対応するアートプロジェクトを活性化させるためには、自治体のすべての部署との連携が必要である。このため、ArtSの事業の情報は、市町の文化担当課はもとより企画担当課、観光・交流担当課等にも随時報告しているほか、自治体職員も対象に先進事例視察等を行っている。

また、県・市町等で構成される移住推進組織にも加入していることから、ArtSが行うクリエイティブ人材意向調査等の結果を共有し、施策への反映等を提案していく予定である。

将来的には、自治体のまちづくり会議や総合計画審議会等へクリエイティブ人材が委員として参画する等、人々の創造性を引き出すアートの力が、様々な分野で活かされるよう一層の連携を図っていく。

上記のキーパーソンや団体との接点づくりも念頭に置き、この2年間にArtSが実施した主な事業は以下のとおりである。

① 文化芸術による地域振興プログラム(2021年度~)

アートプロジェクトの担い手である“住民プロデューサー”の活動に対し、助成を行うとともに、プログラム・ディレクター、コーディネーターが伴走支援する『文化芸術による地域振興プログラム』を運用し、アートプロジェクトの活性化を図っている。

2021、2022年度の2年間で19市町、延べ53団体の支援を行い、特に福祉やまちづくりなどの分野で、全国的にも注目を集めるアートプロジェクトが展開されている。

② マイクロ・アート・ワーケーション(2021年度~)

地域団体が『ホスト』となり、『旅人』としてワーケーションを行うクリエイティブ人材と、地域住民との交流をコーディネートする『マイクロ・アート・ワーケーション(以下、「MAW」という。)』は、様々な事業アイデアを検討する中で、主に住民プロデューサーを発掘する仕掛けとして考案したものである。

ホストの役割は、移住支援等に取り組む地域づくりのキーパーソンの活動をヒントにしており、これまでにホストを務めた計24団体の活動分野は、「まちづくり(移住促進、空き家利活用等)」14団体、「交流・体験」5団体、「文化・芸術」3団体、「農山漁村」2団体であった。

旅人であるクリエイティブ人材に対しては、住民との交流とweb上での滞在レポートの発信を条件としているが、創作物の制作等は求めていない。

MAWの企画段階で期待した効果は以下のとおりである。

 ア 旅人が地域の魅力を発信することにより、住民が地域の魅力を再認識し、誇りが醸成される。

 イ ホストや住民の中から、将来のアートプロジェクトの担い手が生まれる。

 ウ 旅人として地域と関わることを通じ、クリエイティブ人材の活動領域が拡大し、関係人口の創出や移住につながる。

アについては、「滞在体験を言語化してもらうことで、事業に磨きをかけることができた」「街に対する新たな視座を与えられた」などのホストの言葉に代表されるように、クリエイティブ人材の洞察力、言語表現力により、住民が地域の見方を変える契機となるといった効果が確認された。

イについては、事後アンケートで約9割のホストが「活動にアートの視点を取り入れたり、新たな取組を立ち上げたりしたい」と回答し、2022、2023年度の助成制度に計9団体から応募があるなど予想以上に早い段階での効果が確認された。

ウについては、MAW終了後も複数のホストがクリエイティブ人材との交流を継続しているなど、ホストの活動拠点が、関係人口の創出につながる交流拠点となる可能性を感じている。

③ 地域経済活性化モデル形成のためのパイロット事業(2021年度)

地域経済の活性化を目指す企業が主導し、「空き家の利活用」や「農園を核としたまちづくり」をテーマに意見交換やワークショップを行うなど、企業と地域住民、クリエイティブ人材の三者の協働を試みた事業である。

クリエイティブ人材の参画により、同じ話をしていても各々の頭の中のイメージが異なることが可視化されたり、参加者から新たな視点が引き出されたりするなど、企業関係者にアートの力を活用するメリットを実感してもらうことができた。  

一方、クリエイティブ人材の豊かな発想を活かすには、ビジネス側・アート側それぞれのロジックを理解する通訳が必要であることが明らかとなるなど、ArtSが事業を推進する上で有意義な知見を得た。

④ 地域づくりフォーラム(2022年度~)

事業③の成果を踏まえ、「地域に目を向け、共創を通じて住民のクリエイティビティを引き出している企業は、地域社会にイノベーションを起こす牽引役である」とのコンセプトを提示し、『企業のクリエイティビティと地域のイノベーション』と題した地域づくりフォーラムを実施した。

事業③に参画した企業経営者が登壇し、アートへの期待感が表明されたことで、フォーラム終了後、企業関係者からの問合せや相談が増え、新たな連携が生まれている。

⑤ クリエイティブ人材派遣制度(2022年度~)

事業③の実績等を踏まえ、様々な企業や自治体等の現場で、「アートの力の活用」を提案し、導入しやすくなるよう『クリエイティブ人材派遣制度』を設けた。

異なる領域をつなぎ、思いもよらない発想を生み出すアートの創造性は、複雑化した地域課題に対応する自治体の政策形成や、ビジネス分野における顧客との関係づくり、スタッフマネジメントなどにも寄与する。

一方で、そうしたアートの創造性に期待を抱きつつも、実際の導入に当たっては、組織内でのイメージの共有が困難であり、合意形成が難しい等の理由で、実現しないケースが多いと考えられる。

このため、派遣制度を設け、ArtSが調整役を担うことにより、導入に当たってのハードルを下げ、様々な現場でのアートの力の活用を促進することとしている。

⑥ クリエイティブ人材マッチングモデル事業、副業調査(2022年度)

アートプロジェクトを活性化させるためには、クリエイティブ人材の存在が重要であるが、こうした人材の約3割は東京都に集中している(H27国勢調査)。

一方で、MAWに参加したクリエイティブ人材の2割以上が、静岡県内で活動する場合に「副業の紹介」を求めていることが明らかとなったため、クリエイティブ人材の本業を活かしたビジネス分野とのマッチングや、アート思考を活かした副業等の調査を行い、自治体の移住や関係人口創出施策への反映を目指している。

上記の事業に加え、分野によって異なる言語や考え方の違いなどを理解し、新たな制度づくり等を検討する必要があるため、各分野で活躍する人々とArtSのスタッフが気軽に意見交換できるよう『アソシエイト』制度を設けた。 現在は、主にビジネス分野との連携を進めるため、起業家等11人に委嘱している。

MAWのホストも務めたアソシエイトの一人は、「『わからないでしょ?』というアートの排他的なところが嫌だったが、ホストとして1週間ほどアーティストと話をするうちに、アーティストも分かっていないということが分かったことが大きかった」と語り、現在は住民プロデューサーとして、アートプロジェクトをスタートさせている。

潜在的にアートの創造性に期待しつつも、「難しそう」と敬遠したり、「こんなことをお願いして良いものか」と迷ったり、そもそも「誰にお願いしたら良いかわからない」というケースが多いと思われるが、こうした垣根を取り払い、アートを媒介役として、様々な分野の立場の異なる人々をつなぐ役割をArtSが担うことで、新たなうねりを起こし、地域社会とアートが相互利益をもたらす関係づくりに寄与したいと考えている。

ArtSの取組を概観すると、「すべての県民がつくり手(表現者)」の実現に向け次のような道筋を描きながら進めており、設置から2年が経過した現在地は「アートの社会的価値への期待感醸成」に関し、少しずつ成果が見え始めた段階ではないだろうか。

もちろん、「すべての県民がつくり手(表現者)」は、この道筋だけで実現できる訳ではなく、引き続き多くの人々との関わり合いの中から新たな手法を見出し、改善を図りながら取組を進めていく。

ページの先頭へ