文化やアートをめぐるさまざまなこと。
アーツカウンシルしずおかの目線で切り取って、お届けします。
いっぷく

vol.77
キワドイから生まれる
〜いくつかの実践の場と成果報告会に立ち会って〜
平野雅彦
わたしが座右においている箴言のひとつに、フランスの細菌学者ルイ・パスツールの「le hasard ne favorise que les esprits préparés」(英語訳Chance favors the prepared mind)がある。日本語に意訳するなら「チャンスは用意されたところに優先的にやってくる」だ。ここで注意したいのは、「用意」である。何が起こるかわからない世の中、先を見て用意しておくことが必要だ、と一般論で遣り過ごしてしまうのは早計だ。その用意とは、何も生活を支えるインフラの整備だけをいうのではない。それは読書や映画鑑賞かもしれないし、落語に腹を抱えることかもしれない。それをつくって何の役に立つんですか?と冷たい目線を向けられても、それでもつくらざるを得ない心の衝動 no art,no life 、場合によっては遊びに見えてしまうことのある行為(事実多くのスポーツは、その起源を遊びにおいているではないか)——— わたしは、ともするとこの一見無駄と思える行為の数々こそが、未来に降りかかるかもしれない課題に対する人間の防衛策だと観ている。言い方を変えるなら、未来の自分に対するギフト(贈与)だ。この先、何が起こるかわからないからこそ、我々は不測の事態に備えて、様々な物事を学んでおく。成人になると学ぶことは人それぞれだが、むしろこの「それぞれ」こそが個人を超えて集団を集団として未来へと向かって生存させていく人類の知恵となるのである。



いささか前置きが長くなった。さて、先般、アーツカウンシルしずおかの成果報告会(於:アクトシティ浜松コングレスセンター、2025年2月9日開催)に立ち会って、強く感じたことは、まさにこの集団から生まれる人類の未来に対する叡智というギフトの可能性だ。年度予算で動く対象事業は、むろんその成果を年度内に示さなければならない。中間報告という結び目をつくることも大事だ。一方で、如何に長い射程で物事を捉えるかという態度も同じぐらい大切だ。人は何か目標を持ったときに、つい自分という生命の尺度で答えを出そうと思いすぎてしまう。悪いことではない。その努力も必要だ。だが、世代を超えて取り組む視点を最初から持つことも必要なのだ。何故なら課題の方が時代にあわせて変化していくからだ。


この日発表のあった29もの団体における多彩な取り組みにこそ、目的の中心にある課題解決はもちろんのこと、課題と課題の接するキワにある問題にこそ予測もできない未来のある時に際立ってくる可能性の術が隠れているに違いない。こういうモノを我々日本人は「キワドイ」と言ってきた。キワドイは、未来の扉を開けるカギなのだ。キワドイは奇をてらうこととは違う。もっと自然発生的だ。団体と団体の活動同士が接するところにこのキワドイが発生することもある。だからこそアーツカウンシルしずおかでは、取り組みにおいて異分野とのコラボを活動の柱と据えているし、支援を受けた団体同士には、潮目を読み同じ場所に集まってもらい情報共有する場を設けている。そういった意味で、今回の発表の場も単なる通過点における形式的な発表の場ではなかったはずだ。一堂に会する。そこには「人情」というものが生まれる。ここでは人情をたんに情け深いと理解しないで欲しい。日本の哲学の祖であり京都学派の西田幾多郎のいうところの「学問も事業も究竟の目的は人情のためにするのだ」(『西田幾多郎随筆集』岩波文庫,1996年)の人情を援用したいのだ。西田は生涯にわたってこの人情と向き合い、人と人が触れあうことで未来を創り出す何かが萌芽すると考え、西洋哲学を超えた日本の哲学を見出したのである(『善の研究』1911年)。


先を急ぐ。ところで、キワドさというものは自身でもハンドリングできなくなってしまうことがある。だが、そういうときには、そこに身を任せてみるもの一つの方法ではないか。つまりは、こぢんまりとまとめようとしないことだ。幸いにも、アーツカウンシルしずおかには、伴走支援という仕組みがある。伴走支援は時として鬱陶しく感じられる場合もあるだろう。だが、「聞き耳を立てる」ことの重要さは今やあちこちで指摘されている。そこではけっして焦らず、時には自我と手垢の付いた方法論を一旦脇に置き、何かが生まれる瞬間を見逃さずにただひたすら「待つ」のである。「待つ」は哲学だ。タイムパフォーマンスとは対極にある概念だ。大先輩にあたる太宰治も掌編『待つ』を通してそう教えている。




アーツカウンシルしずおか 2024年度「文化芸術による地域振興プログラム」成果報告会
【日時】2025年2月9日(日)13:00~17:00
【会場】アクトシティ浜松コングレスセンター31会議室
平野雅彦
静岡県広報業務アドバイザー、元国立大学法人静岡大学特任教授、客員教授。静岡市及び三島市文化振興審議会会長。各種コンクール審査員、芸術祭ディレクター、パネルディスカッションのコーディネーター、執筆等多数。