文化やアートをめぐるさまざまなこと。
アーツカウンシルしずおかの目線で切り取って、お届けします。
いっぷく

vol.78
第9回MAW茶会レポート ゲスト:高野ゆらこさん
(プログラム・コーディネーター 立石沙織)
マイクロ・アート・ワーケーション(MAW)のその後を、ゆるゆると追いかけるインスタライブ「MAW茶会」。静岡県内を旅してもらった「旅人=アーティスト」にお話いただく公開インタビューとして、2023年度に実施した試みです。
今回は、2024年3月1日(金)に開催した、高野ゆらこさんの回をレポートします!
マイクロ・アート・ワーケーション(MAW)×俳優

高野ゆらこさんは、小劇場から商業演劇まで、幅広い舞台に出演する俳優です。首都圏を中心としながら、地方公演で全国各地を飛び回ることも多いそう。
偶然にもこの茶会の開催時間に、ご自身の出演作『ハートランド』が第68回岸田國士戯曲賞を受賞するかどうか!?発表のタイミングに重なって、高野さんにとってはドキドキソワソワ…、気もそぞろなMAW茶会となりました。(その後、無事受賞されたことが判明!高野さん、関係者のみなさん、おめでとうございます!)
そんな高野さんがMAWを知ったのはSNSで流れてきたMAW旅人募集の記事。MAWが“俳優でも参加できるプログラム”という点に興味を持ってくれたそうです。
演劇という分野に焦点を絞ると、実は「俳優」と呼ばれる人たちは一人で作品を作るということがほとんどありません。演出家がいて、脚本家がいて、制作を担当するたくさんのスタッフがいて、そこに複数人の俳優たちが加わって、みんなで一つの舞台を作り上げる、それが演劇なのです。
一般的な「アーティスト・イン・レジデンスプログラム(※)」では、演出家や脚本家であれば滞在中に地域の人たちとゼロから作品をつくることができますが、俳優を担う人たちにとっては自分ひとりで作品をつくるというイメージは描きにくく、参加のハードルが高くあるようです。
一方でMAWは、滞在中に作品を制作しなければならないというタスクを課していないため、俳優の自分でも参加しやすかったと高野さん。たった一週間の滞在ですが、俳優がひとりで地域に入ってみたときにどんな経験ができるのか?あるいはそこでどんな存在になれるのか?未知なる道に面白みを感じてくれたようです。
※アーティスト・イン・レジデンスプログラム:公募や招へいをとおして地域にアーティストを呼び込み、アーティストが一定期間滞在しながら、地域のリサーチや作品制作などを実施するプログラム。
高野さんと河津町
そんな高野さんは2022年9月、MAWで伊豆半島の南部にある河津町に滞在しました。実は以前から、年に数回はキャンプで訪れるというほどの河津好き。ホストのリストに「河津町」という字を目にして、「自分が俳優としてやってきたことと、プライベートでよくいっていた場所とが繋がる可能性があるとは!」と第一希望に選択したそうです。
高野さんにとって河津町の魅力は、首都圏から1泊2日で行ける距離であること、町の広さがコンパクトで、山があり川があり、温泉があって、海水浴も釣りもキャンプもできること。まちなかと自然の距離もほどよく近く、やりたいことが全部手の届く範囲でできること。
お茶を片手にそんなふうに熱く語ってくれる高野さんの河津への愛に、マッチングできてよかったな…と心から思えました。
旅人として訪れた河津町、初日の「グリコ」
高野さんのMAW noteを読んでいると、人に出会うこと、交流することにいつでも前向きな様子がありありと伝わってきます。
だからこそこのMAW茶会では、まず高野さんの人との出会い方について詳しく話を掘り下げてみることにしました。
例えばMAW 1日目のこと。
河津町でのホストを担ってくれたのは、河津バガテル公園内にあるコワーキングスペース「Working Space Bagatelle」を運営していた和田佳菜子さんでした。
高野さんの他にも二人の美術家(井原宏蕗さんと柴田まおさん)と同時期の滞在となり、みんなで駅に集合した後、そのまま和田さんの車に乗って地域を案内してもらう流れに。
まだみんなで会ってからは数十分で、これからどんな関係性を築いていくのか、お互いに手探りの状態で立ち寄ったとある神社。境内までつづく長い階段を目の前に、高野さんが提案したのはじゃんけんゲームの「グリコ」でした。
(高野)「はじめは『言ってみようかな…』くらいの気持ちでした。でも、もしこれをノリ良く楽しくできたら、このあともいい時間が過ごせるかもしれないって期待はどこかにありました。MAWってたった7日間しかないから、さっさと仲良くなってしまった方が得だな、と。そしたら意外にもみんな『やろうやろう』とノってくれて。おかげで一歩話しやすくなった感じがありました」
「私はこう言う人間です」と言葉で説明するよりも、グリコのようにくだらない時間を一緒にやってみる方がすんなり仲良くなれる、と高野さん。その発想は、一緒に鍋を囲んで食べる感覚にも近いのかもしれません。
一緒に楽しい経験を共有する中で「こういう人なんだ」と少しずつ距離感などをつかむことができて肩の力が抜けていく。
もちろんそれは理解できるけれど、、、
出会ったばかりで相手がどんな人かもわからない中で、小さな風穴を開けるような高野さんのアクション。
みんなの空気をガラリと変える力とも言え、それって実は、誰にでもできることではないんじゃないか…?
それを強く思ったのは、MAW4日目のことでした。
パリピ根性で町長にぶっ込み
MAW4日目のこの日、アーツカウンシルしずおかからホストに依頼している「旅人と地域住民が交流する会」が開催され、私たち(アーツカウンシルしずおか)も同席させていただくことに。
この「旅人と地域住民が交流する会」は、「地域住民」をどのようにとらえるか、そこでどんな「交流」をするか、ホストによって捉え方がさまざまだからこそ、地域ごとホストごとに様相が違うのが面白いのです。
河津町の場合は?というと、役場の応接室にならんだ、ふか〜いソファに座って、町長や役場の職員の皆さんと向き合う高野さんたち旅人がならぶ…。
なんと町長との懇談会として開催されたのでした!

その隣が井原さん、柴田さん。
(高野)「部屋に入った瞬間、本当にびっくりしました(笑)。もちろん、町長や役場の職員の方と“ざっくばらんに話す”会、と事前に聞いてはいたのですが、いざ行ってみたら会場はカッチリとした応接室だし、役場のみなさんはもちろんスーツだし。われわれ旅人はいたってラフな格好で、“戦になんの刀も持たずに丸腰でやってきた”みたいな。“場に呑まれる”ってこういうことか、と」
でも、そんな緊張感ある空気をブレイクスルーする人こそ高野さん。
(高野)「この会が“ざっくばらんに話す”ことが目的なのだとしたら、このままだとうまくいかないなと、咄嗟に思ってしまったんですよね。それで、演劇でやっているごく簡単なコミュニケーションゲームを提案してみることにしました」
それは、ニックネームで呼び合うことに、ちょっとしたルールを科すだけのごくごくシンプルなゲームでした。
自分が呼ばれたいニックネームを、参加者が「コロ」、「バシ」、「ちゃんワカ」、「さおりん」…と一通りあげたところで、
最後に町長があげたのは、なんと「誕生日」。
偶然にもその日町長の誕生日だったからなのですが、高野さんも思わず「『誕生日』でいいんですね?『誕生日』って呼びますよ?」と何度か確認。
それでも町長は「それでいい」ということで、私たちにとって、町長を「誕生日」と呼んだ初めての日となったのでした。
(高野)「もちろんあのゲームが100パーセントうまくいったわけではないけれど、懇談会が終わって役場の外でみんなで話していたとき、公務を終えた町長がちょうど庁舎から出ていらして、そこで改めて『お誕生日おめでとうございます』って言えたのがすごく印象的でした。最初の固い空気のままだったら、町長から『今日、誕生日なんです』という言葉は出てこなかったと思うんです。くだらないやりとりによって、肩書きの奥にある人柄が出てきて、その人自身を好きになれる。やってみて良かったな、と思えました」
これって俳優だからできること?
その懇談会では、一通りゲームをした後に高野さんが自らの俳優という職業について、こう説明してくれました。
(高野)「俳優って演じるだけじゃないんです。場合によっては、初対面の人同士で、本番までに1週間程度の短い時間で舞台を作り上げなければならないときがある。出会ったばかりの人に、役の中で、自分の大事な身体を預けなくてはならないときがある。限られた時間のなかで信頼関係を築くこと、人とコミュニケーションをとること、それをすごく大事にしているんです」
なるほど。高野さんが初日にグリコを提案した理由、役場の応接室で町長にゲームを提案した理由、それらがすんなり理解できます。
ドラマや舞台は、決してひとりではつくることができず、たくさんの人が関わってこそ生み出せる芸術ですが、そこに関わる人たちがどのような関係性を築いているのか、想像をしたことがあったでしょうか。
人間関係は、私たち誰もが常に抱えている大きなトピックスだからこそ、演劇にかかわる人たちの経験に教えてもらえることはたくさんありそうです。
一方で、こんなふうに空気をかき混ぜられるのは、一概に「俳優だから」とはいえないと高野さん。
(高野)「俳優にも色々なタイプがいるから、『俳優とは…』と主語の大きいことは言えない。けれど自分が俳優をやってきて楽しいと思っていることは、たった1ヶ月や数週間で色々な人と出会えて関係が築けることなんです。
私はとにかくおしゃべりが好き。色々な人としゃべりたい。自分のまわりにはいなさそうな人ほどしゃべってみたい。それは自分の仕事に役立つから…というよりも、みんな何考えているんだろう?という自分自身の純粋な興味のほうが強いかもしれない。その方が楽しいし、そこでは『みんな仲良くしようよ』みたいなパリピ根性(笑)がつい出ちゃうんですよね」

ほら、ちょっと空気がゆるんだ感じ、しますよね?
俳優だからというよりも、高野さんが元々もっている興味関心があってこそ。
とはいえ、卵が先か?鶏が先か?というのと同じで、人のことが好きだから俳優という仕事に活かせているし、俳優という仕事をしているから人に対する興味が高まっているのだと感じざるを得ません。
自分とは全く違う「他人を演じる」ことこそ俳優という職業の専門性であるとすれば、他人の気持ちやその人が持つ背景を想像する力が人並み以上に鍛えられているはず。
話を聞きながら、高野さんにとって好奇心の矛先が人に向いていることはとても自然なことなのだと思ったのです。
MAWの1年後、ファシリテーターとして河津を再訪
そんな高野さんは、MAWの1年後に、ファシリテーターとして河津町を再び訪れることになりました。
旅人たちとの出会いに感化されて、ホストを担った和田佳菜子さんが、関係人口の創出を目指す本業のなかで「アーティストのちからを貸してほしい」と、地域の人たちを対象としたワークショップを企画したからです。
地域おこし協力隊として河津町にわたり、協力隊卒業後も河津町のまちづくりに関わっていた和田さん。
河津町を少しでも盛り上げたいと、町外から人を呼び込むさまざまな仕掛けに取り組んでいましたが、「外からいくら人を呼んでも、地域の人たちが受け入れられなかったらなかなか定着していかない」という思いがあったようです。
外から来た人を表面的にもてなすのではなく、心から受け入れられるようにするには、みんなが自分の思いや考えを表現できるようになることが必要ではないか。でもどうしたらいいのかわからない…
そんなふうに行き詰まっていたとき、MAWで出会った旅人(アーティスト)たちの表現力に感銘を受けて生まれたのが「暮らしの根っこを考えるワークショップ ~普段の生活から河津町の”今”を見つめる~」でした。そこで高野さんが頼まれたのが「ファシリテーター」という役割だったのです。
(高野)「みんなで話そうというとき、すぐに自分のことを出せる人って実はあまり多くないんですよね。自分の意見を言うのは私にとってしんどいことではないのですが、言いにくかったりそういうことに慣れていない人たちを集めたとき、短い時間でどこまで関係性を進められるだろうかということを考えました。
MAWではあるお店で吊るし雛の制作体験をしたんですが、雛1つをつくるだけだったはずが、トータル6時間くらいそこにいて、教えてくれた女性とお昼を一緒にとり、少しずつその人の人生を聞くことができて面白かったんです。そこで気づいたのは、私はどうやら“自分を開示しながら相手の話をきくこと”が得意らしいということ、それを人はファシリテーターと呼ぶらしい、ということ」

今回のワークショップでは、いわゆるタウンミーティングのように、机を囲んで「まちについて考えよう」という設えにはせず、料理をみんなで楽しむ中で「まちについて考えよう」という時間を設けることにしました。それは、普段のタウンミーティングに参加していない人にこそ、このワークショップに参加してほしいという和田さんの思いがあったからです。
でも高野さんはあくまで俳優であって、料理教室の講師ではありません。
だったら一緒に料理を楽しみながら、最後にお話しようというゴールを設定しようと、高野さんが考案したのが「黒塗りクッキング」でした。
「黒塗りクッキング」とは、レシピや材料の一部が黒塗りになって読めなくなっており、用意された材料にもトラップ食材が何個か用意してあり、二人一組になって推理しながらつくってみるというもの。
推理具合によっては、チームごとに全然違う味になりうるという、奇想天外、ふつうではありえない料理ワークショップです。

つまり、絶対に会話が生まれてしまう仕組み。
私(筆者)も参加したのですが、その設計がとても細かく配慮されていて、参加者にとって不思議なほど「仕向けられている」感覚や違和感がなく、自然に初対面の人との会話を楽しむことができました。
これも、普段から色々な人とコミュニケーションを取って、出会いを楽しんでいる高野さんだから考えられたことではないでしょうか。
現代では「コミュニケーション」そのもののあり方が見直され、職場や自治会など、これまでの慣習を疑うことなく続けてきた集合体の中で、慣習に対するその人の本当の思いを知ったり、知っている人を新たな一面を見つけたり、コミュニティの空気をリフレッシュする機会が求められています。
でもそんなとき、そもそも意見を言うことが得意な人と不得意な人がいることを、しっかりと意識することが大切です。
そして、そんな凸凹した人たちの中でもみんなが遠慮なく話しやすくする環境を整える(ファシリテート)には、それなりの経験の上に培われた配慮や工夫が必要だということを忘れてはいけません。
そこに俳優の専門性が活かせるかもしれない。そんな可能性を、高野さんの姿から感じることができました。

「出会ったどの人の人生も愛おしい」
最後に、高野さんにとってアーツカウンシルしずおかのMAWが、どんな経験になったか?を尋ねてみました。
返ってきたのは「出会ったどの人の人生も愛おしい」という言葉。
もちろんMAWでの出会いは、長い人生からしたらたった一瞬の一期一会です。
その後もその人たちと年中顔を合わせるわけでもないので、その人の本質まではわかっていないかもしれない。
でも、「それでいいんだ」と思えるほど、高野さんにとって、たくさんのいい人たちに出会えた一週間だったとのこと。
高野さん曰く「今までいったことのない場所、会ったことのない人に会って、得るものが何にもないと言うことはありえない。+1か+100かわからないけど、マイナスになることはない」。
だからこそ、次のMAWもぜひ多くのアーティストに経験してほしい。
そんなふうに私たちアーツカウンシルしずおかも願っています。
高野さん、貴重な経験をシェアしてくださり、ありがとうございました!
