INTERVIEW
しずおかの原石

スタッフ・高木蕗子さん

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認定特定非営利活動法人クリエイティブサポートレッツ
スタッフ・高木蕗子さん

浜松駅から徒歩10分ほど歩いた街の中心市街地に「たけし文化センター連尺町」はある。

認定特定非営利活動法人クリエイティブサポートレッツが運営するこのスペースは、創設者・久保田翠さんの息子で重度の障害のある長男・壮(たけし)さんをはじめ、個人を全面的に肯定することを出発点にコンセプトをつくり上げた私設公共文化施設であり、福祉の場と個人の表現の場が融合した活動が、アート業界でも大きな注目を集めている。


そうしたなかで、活動の柱になっているのは、2016年から始まった「表現未満、」プロジェクトだ。

「表現未満、」とは、久保田さんの説明によれば、「特別な人がつくった特別な作品を表現とするのではなく、市井の人たちの、人からはとるに足らないと思われていたり、時には問題行動だと規定されていたりする行為であっても、その人が真摯に粛々と続けている行為を『表現』ととらえ、敬意を払おうという文化活動」とある。

そして、そうした活動を発表する場として機能しているのが、同年から始まったオーディション型音楽イベント「~雑多な音楽の祭典~スタ☆タン!!」だ。

日常のなかの音楽や誰かが大切にしている音の表現など、従来の「音楽」では括りきれない多様な表現を舞台上で審査するという企画として始まったが、2020年からは、スタ☆タン!!Z」に改称し、誰でも参加できるように専用キットを開発。

自身の表現をインターネットを使って気軽に投稿できるようにしたことで、従来の審査では「弱い」と振り落とされてしまうような表現にも注目を集めている。

今年は世界進出も検討しているというから、クリエイティブサポートレッツの快進撃は止まらない。

そして、この「スタ☆タン!!Z」で中心的役割を担っているのが、「キャンペーンガールのふきこ」こと、高木蕗子(たかぎ・ふきこ)さんだ。

2018年4月から、クリエイティブサポートレッツでスタッフとして働く高木さんは、1993年に京都府船井郡(現在の南丹市)で、2人姉妹の次女として生まれた。

小さい頃は、急に暴れたり人に噛み付いたりすることもあったことから、親戚から「大丈夫か」と心配されるような子どもだったという。

高木さんが生まれ育ったのは酪農が盛んな地域で、父親は牛専門の獣医をしていたこともあり、小学生の頃は父のような獣医になることを夢見ていた。

「でも高校生になると、秘宝館の館長になりたいと思っていました」と笑う。

水俣病被害の運動に参加するなど社会問題に対して敏感だった両親の影響で、高木さんも中学生の頃から、社会問題に対して関心を抱くようになっていた。

東日本大震災を機に、原発問題などを自分ごととして認識するようになり、そこからマイノリティとされる人たちの存在にも興味を抱くようになった。

両親と一緒に反原発のデモに参加したこともあるようだ。

「振り返ってみると、両親から『一緒に参加しよう』と強制されたことは一度もないんです。もし強制されていたら反抗して興味を示していなかったのかも知れません。周りからは『原発問題や沖縄の基地問題はあなたには関係ないでしょ』と言われることも多かったんですが、『そんなことないだろう』と、ずっと思っていました」

高校卒業後は、奈良県立大学地域創造学部地域創造学科に進学した。

入学当初は、原発問題や原発の誘致を巡って対立と分断を繰り返すコミュニティについてのリサーチを行っていたが、転機が訪れたのは、大学2年生のときのこと。

大学教授から「お前らみたいな変わった奴らを連れていきたいところがある」と高木さんを含む3人が選抜されて連れて行かれたのが、奈良にある福祉施設「たんぽぽの家」だった。

「もともと障害者を社会問題の一貫として考えていた節があって、『障害者を差別してはいけない』と強く思いすぎていたんです。だから、電車で障害者と出会ったときなどは、構え過ぎちゃって、『怖い』とさえ感じていたんです。そう考えていた自分を嫌だとも思っていました。友だちの間で、障害者に対する差別用語が平気で出たりするのが嫌で、でも実際接すると怖くて、その矛盾が苦しくてあえて障害者問題を考えないようにしていたんです」

「たんぽぽの家」を訪れたことで、障害のある人たちがつくる表現の面白さに魅了されていき、やがて『奈良県障害者芸術祭 HAPPY SPOT NARA』の実行委員として関わるようになった。

何度か通っているうちに、作品をつくる人だけではなく、次第にその人たちの人柄にも魅力を感じるようになったようだ。


アートと社会包摂の関係性などに興味を抱くようになり、卒業後は群馬大学教育学部大学院へ進学した。

ゴミ拾いが好きで大学時代は掃除部を設立し、『奈良県障害者芸術祭』でもゴミ拾いのワークショップなどを開催してきた高木さんは、大学院在学中も、自身の研究と平行して掃除の研究を続け、掃除やアートを媒介にしたアートプロジェクトの可能性を模索し続けた。

そうしたなかで、2017年3月には、東静岡のグランシップで開催された美術科教育学会「インクルーシブ美術教育研究部会」で久保田翠さんの講演を聴講した。

当時、障害のある人が生み出した作品だけが独り歩きしていく現状に違和感を感じていた高木さんは、久保田さんの長男である壮さんが石ころを入れたタッパーを片手に持ち、始終音を鳴らす姿を全肯定するという久保田さんの話に共感を覚えた。

久保田さんからの誘いを受けたこともあり、翌日からは、クリエイティブサポートレッツが運営する障害福祉施設アルス・ノヴァを訪れ、泊まり込みで2週間ほど滞在したようだ。

最初は観光客気分で「楽しい」という思いだったが、スタッフからの指示や声掛けもなく、何をして良いかも分からず、日を重ねるごとに「帰りたい」と毎晩枕を濡らすようになった。

「スタッフの多くは芸大を卒業したり社会経験を経たりして働いている人たちばかりで、そもそも新卒の人なんて働いていなかったんです。突然起こる障害のあるメンバーのハプニングや表現に対して、常に即興性が求められる現場だったんですけど、そうしたときに、何も出来ずに自分の無力さを痛感していました。ここで働いていくことができるか不安だったんですが、自分にとっての『修行』だと思って施設の門を叩くことにしたんです」と当時を振り返る。

働きはじめて、すぐに施設のなかで、水をかぶることが好きなメンバーに出会った。

常に濡れていたいという思いを抱いている人で、高木さんは注意することしか出来ずにいたようだ。

「あるとき、会議の席でスタッフから『なんで駄目なの。水が好きだったら良いじゃない。困っているのはあなたでしょ』と言われたときに返答ができませんでした。私は他のスタッフみたいに、斬新なアイデアを提供することが出来なくて、いかに自分が色んな常識に縛られているかを気づかされました」

障害のある人たちへの支援に対して、ある種のコンプレックスを感じるようになった高木さんだったが、これまで学んできた街づくりや教育に関する知識を何とか現場での実践に活かさなければと必死だったようだ。

仕事に対して閉塞感を感じる一方で、自身がママ役としてスナックを行うイベント「スナックありじごく」を各地で開催するなど、仕事以外では自分を表現することができていた高木さんは、「支援や文化事業にも自分が楽しいと思える要素を取り入れたほうが良い」というスタッフのアドバイスを受け、クリエイティブサポートレッツでも「スナックありじごく」を開いてみたところ、好評を得た。

音楽イベント「~雑多な音楽の祭典~スタ☆タン!!」でも、最初は「面白そう」と事業担当になったものの、音楽への造詣もなく、ド派手な初代プロデューサーや初代応援隊長の影でおびえながら過ごしていたが、2年目にして「自分のやりたいようにやろう。キャンギャルになりたい」と公式キャンペーンガールに転身を遂げたというわけだ。

「気づいたら4年が経過し、レッツでこんなことをやってきましたって自信を持って言えるようなことは未だ無いんですけど、自分自身もキャンペーンガールとして楽しめるように、スクールメイツを意識して衣装を揃えたんです。『表現未満、』プロジェクトって、障害のある人だけではなく、みんなが誰でも表現者になれる可能性を秘めている企画だと思うんです。本来、表現ってそんな大それたことじゃなくて、もっと身近にある存在だってことを広めていきたいですね」

そう語る高木さんの姿は、黄色の格好をしていることもあり、キラキラと輝いているように見えた。

まさに、高木さんにとっては「スタ☆タン!!Z」のキャンペーンガールこそが、自分だけの「表現未満、」であり、表現することの大切さを体現することができる機会になったようだ。

帰り際、クリエイティブサポートレッツの壁を見上げると、久保田翠さんが文化庁で2017年に芸術選奨芸術振興部門の新人賞を受賞したときの賞状が飾られていることに気づいた。

でも、よく見ると賞状の入った額は少し右に傾いている。

そのことを高木さんに伝えると、「みんな気づいてるのかいないのか、何でか直さないんですよね」という。

これこそが、クリエイティブサポートレッツなのだろう。

<記:櫛野展正>

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