INTERVIEW
しずおかの原石

代表社員・荒武優希さん

ごうどうがいしゃ そうあん
合同会社so-an
代表社員・荒武優希さん

アーツカウンシルしずおかでは、まちづくりや観光、福祉、教育など社会の様々な分野と、文化芸術とが共創する土壌づくりを目的に、昨年度から「マイクロ・アート・ワーケーション(MAW)」を始動した。これは、県内で地域に根差した活動を行う団体が「ホスト」となり、アーティスト等のクリエイティブ人材を1週間程度「旅人」として受け入れ、地域とクリエイティブ人材の出会いを創出する事業である。

ホストとなる団体の活動領域は文化芸術に限らず、まちづくりや観光、移住促進など様々だ。昨年度手を挙げてくれた合同会社so-an(以下、「so-an」)は、東伊豆町稲取地区で空き家改修を通した宿泊事業を立ち上げ、地域価値の向上と情報発信に取り組んでいる。先日、so-an代表の荒武優希(あらたけ・ゆうき)さんから、「滞在体験をクリエイティブ人材の皆さんに言語化してもらうことで、事業に磨きをかけ、特別な稲取滞在プランを開発することができました」とフィードバックをいただいた。クリエイティブ人材を受け入れる中で、ホストや地域にどんな変化があったのだろうか。詳しく話を聞くため、初夏の稲取を訪れた。

山から見下ろす稲取の風景(提供:合同会社so-an)

稲取と合同会社so-an

6つの温泉郷を擁する湯どころとして栄えてきた東伊豆町。その中でも稲取は、鎌倉時代から続く海上交通の港を有する町だ。海の幸はもとより山の幸にも恵まれ、昭和以降は観光業 が盛んになった。起伏に富んだ町並みは、少し歩くだけでも様々な表情を見せてくれる。

この町で活動するso-anは、東伊豆町地域おこし協力隊で知り合った神奈川県出身の荒武さんと東京都出身の藤田翔さんが、2020年3月に立ち上げた法人だ。同協力隊として地域活性に向けた活動に携わった経験を活かしながら、地域経済にも貢献できる事業者になることを目指している。荒武さんの専門である空き家のリノベーション事業、リノベーション施設を活用した宿泊事業、そしてジオガイドでもある藤田さんの知見を活かした体験企画を提供するコンテンツ事業などを柱に展開し、近年は荒武さんの妻・悠衣さんも加わってカフェ事業もスタートさせている。

so-anの3人(左から悠衣さん、荒武さん、藤田さん)と、今年4月に生まれたばかりの荒武さんの愛娘、こはくちゃん
(提供:合同会社so-an)

so-anが提供するサービスに共通するコンセプトは「稲取の暮らしを旅する」だ。

宿泊者に対し荒武さんは、「稲取の日常におじゃまさせてもらう感覚を味わってもらいたい」と表現する。そこには、路地裏に残る古き良き町並み、日々移ろう暮らしや文化、歴史など、稲取の人々にとっては当たり前の日常を大切に守っていこうとする姿勢が伝わってくる。

「この町の良さを維持していきたいけれど、人口は年々減少傾向です。既存の仕組みだけでがんばるのは難しいでしょう。住む人が少ないのであれば、この町のファンを増やし、いつでも力を借りられるような関係性をつくっておくことが重要です。稲取が困ったとき、力を貸してくれる人たちとのつながりを強固にするのがso-anの役割だと考えています」。

だからこそso-anでは、宿泊者を町の一員として迎え入れ、単なる「観光」にとどまらない滞在体験を「この町らしさ」として提供している。

関係人口の拡充とマイクロ・アート・ワーケーション(MAW)

地域と多様に関わる人々を指す言葉として「関係人口」が使われるようになって数年が経つが、移住でもなく、観光でもない新しい関係として、町のファンをどのようにつくろうとしているのだろうか。

so-anでは、他にない滞在プランやワーケーション事業を推進し、地域の価値の顕在化と発信に工夫を凝らしてきた。昨年度のMAWも、そうした試みの一環としてホストに手を挙げてくれたのだという。

「失われていくモノ・コトが多い地域に、文化や芸術を取り入れることで、暮らしに豊かさを取り込むことができるのではないか。そこでアーティストの表現の力をお借りし、この港町ならではの暮らしの風景をつくっていけたらいいな、と考えました」。

インタビューに応える荒武さん

マッチングの結果、so-anでは5人のクリエイティブ人材を「旅人」として受け入れた。「『旅人』という存在を通して、新しい目線で地域の魅力を掘り起こすことができる可能性を感じた」と荒武さんは振り返る。クリエイティブ人材それぞれが体験した様子が綴られたブログ「MAW note」には、独自の視点で切り取られた多彩な記録が残されているので、その一部を引用してみたい。

 

画家の内田涼さんは、電動自転車で町を巡った際に見つけた書店の魅力を数日にわたって語っている。荒武さんは、このnoteを読んだ地域の人が「山田書店自体は知っていたけれど、あの記事を読んだら見方が変わるよね」と話していたのが印象的だったという。

小さいお店なのだけど、ラインナップは然り、本の配置もとても素敵で、少年少女漫画のコーナーに社会学の本とかがポンと置いてあったりして、なんだかワクワクする。私は特に本の虫というわけではないのだが、かなり長居してしまった。いいお店だ。
(MAW note “内田涼「限界」(3日目)”より一部抜粋)

また、細野高原の山焼きを体験した音楽家の松本真結子さんは、その時の体験を言葉と音で綴った。

朝の9時ごろ、山焼きが始まった。もちろん、私の片手には録音機。あぁ、なんてダイナミックなサウンドスケープ!近くで燃える火、遠くで燃える火。近づいてくる火、遠ざかる火。燃え上がる火、衰える火。 360°聴こえる、山焼きの音。音、だけじゃない。充満する煙のにおいと、雪のように舞う灰。刺すように冷たい冬の風と、熱。全てが、圧倒的だ。録音した音や動画は、一旦寝かせてみる。今はただ、かけがえのないこの感動で胸がいっぱいだ。
(MAW note “松本真結子「山焼きの音」(6日目)”より一部抜粋)

“音”から町を発信するということは、自分たちにはできなかったこと」だと荒武さんは語る。ほんの少し視点を変えることで、今まで見えてこなかった物や人の関係性、物事の多面性に気づくことができる。旅人たちのnoteからはそんな新しい視点が垣間見えてくる。

 

冒頭で紹介したso-anの「特別な稲取滞在プラン」は、今年5月にリリースされた「風待ちステイ」のことである。これは、MAWのホスト同様に、宿泊者が会ってみたい人、話してみたい人、見てみたい風景などをso-anのメンバーが仲介したり紹介したりするオーダーメイド型のツアーコンテンツだ。 「どこの観光地も同じようなコンテンツを並べがちで、埋もれてしまう部分が少なくない。そのような中で生き残っていくためには、この町独自の人の在り方、観光の在り方を示していくことが1つの手段になる。MAWで来てくれたクリエイティブ人材の視点はそれぞれ独特で、表層的な目に見える部分だけでなく様々な発見があり新鮮でした」。

関係人口拡充のため、町のファンという地域に共感する関係づくりを目指すとき、目の前の物事を深堀りしてアウトプットするクリエイティブ人材の見立ては、既存の常識を覆し、新たな価値を創り出す力となるのかもしれない。

「風待ちステイ」を体験する様子
(提供:合同会社so-an)

稲取“ならでは”の探求型滞在が提供する価値とは

上記のようにクリエイティブ人材は、稲取に“外からの視点”を持ち込み、地域の価値が再発見される機会を提供した。一方でMAWは、それと等しくホストや地域からクリエイティブ人材にもたらす“逆方向の刺激”にも期待を込めていた。下記に引用するMAW noteには、それぞれのクリエイティブ人材が、旅先である稲取やホストの存在を通して、様々な影響をうけたことがうかがえる。

先に引用した音楽家の松本真結子さんは以下のように綴る。

初めての土地、「稲取」には、どんな「音が聞こえてくるのだろう?」音を散策する「サウンド・ウォーキング」が、今回の滞在の中心となる活動だった。特に、私の関心が強かったのは、自然界の音を聴くこと。(中略)サウンドスケープのような「聴く」ことを中心にしたプロジェクトは、音楽アウトリーチの観点からもさまざまに展開できる。稲取の資源や漂流物などを用いた楽器制作や、地域の住民との音楽づくりなどもできるかもしれない。わずか一週間の滞在とはいえ、自然を全身で感じ、町の人との緩やかな交流を通して得たものは計り知れない。「稲取」は、もう、見知らぬ地域の名前ではない、もう一つの私の居場所なのだと思う。
(MAW note “松本真結子「稲取のサウンドスケープ」(まとめ)”より一部抜粋)

また、アーティストのタノタイガさんは、コロナ禍での実施となり地域との十分な交流は憚られたとしながらも、今回の経験が今後の表現につながっていくだろうことを示唆している。

日常の生活を維持しつつ、ホストによるガイドの導きで伊豆諸島を望む広大な稲取細野高原などを訪ねることができるなど、たくさんの貴重な経験を得る機会に恵まれました。また稲取を拠点として近隣の海岸線や岩山の山間部を抜け、オフシーズンに訪れる温泉(街)や景勝地を巡りながら目にする風景は、僕に刺激を与えました。(中略)敢えて記事にアウトプットしていない多くの出来事の積み重ねが、今後の僕の表現に関連付けられていくことでしょう。
(MAW note “タノタイガ「モシモ」(まとめ)”より一部抜粋)

そして、内田涼さんにとっては、稲取での滞在や経験がアーティストという生き方に対し視野を広げ、漫然とした空気に風穴を開けたように感じられる。

このマイクロアートワーケーションという企画の募集要項を読んでいた頃のわたしは、本当に切羽詰まっていた。全て自分で決めたことだが、展示やイベントがいくつか重なり、やりたいこととやるべきことの区別がつかなくなったり、できることとできないことの間を右往左往する日々が続いていた。自分で立てた計画や、未来予想図に追い詰められるようになってしまっていた。
(中略)たったの一週間ではあったが、稲取での生活は想定よりも波乗り感の強いものになった。目の前にきた波にどう対処していくかということを、その都度考えるような毎日は、先に書いたような、彼ら(ホスト)が保ってくれたちょうど良い距離感と、稲取に出入りしているよそ者たちがもたらしてくれたものだった。また、空模様や風や気温によって行動が制限されるという不自由さは、逆にわたしの気持ちを楽にしてくれた。  
(MAW note “内田涼「すすきの話と波の話」(まとめ)”より一部抜粋)

so-anの「風待ちステイ」は、現代に生きる私たちが地域と関わりながら自分自身と対峙できる時間を提供するという。その名称は、かつて船乗りたちが出航するためにちょうど良い風を待った稲取漁港が「風待ち港」と呼ばれたことになぞらえている。

現代の「風待ち」を可能にする稲取。ここはクリエイティブ人材にとっても刺激と休息の同居を可能とする貴重な環境を備えているのだ。

地域内外をつなぐ媒介役であるso-an

so-anという存在について、アーティストの清水玲さんと水野渚さんは、それぞれ以下のように記している。

街の空き家をリノベーションした錆御納戸(so-anが運営する宿の一つ)は家と宿の中間のような存在で、 ここでの単身滞在は期待していた以上に快適でした。(中略)ワーケーションというのは、家の固定性 と宿の流動性のどちらでもないあり方を模索することができる機会なんだな と感じました。
(中略)肩肘張らない愛嬌としなやかな建築家的視点で街に介入していく荒武さん と、ジオガイドとして稲取の地質遺産を解説できる藤田さんのコンビは、極めて特異な個性であり、錆御納戸を利用した方々の多くがリピーターとなり、ここ最近ではそのリピーターの方々が稲取に移住し始めているというのも納得できます。 稲取に立ち寄った私(旅人)に、旅人もいいけど住人になるのもわるくないよ、家の固定性は見方を変えれば可変だよと教えてくれたような気がします。
(MAW note “清水玲「家と宿のあいだで」(滞在まとめ)”より一部抜粋)

ホストである合同会社so-anのメンバーは、若くしながら町に馴染み、どんどん新しいことを仕掛けていくやり手たち(?)。彼らのような人が増えれば、日本の地方がさらにおもしろくなっていくのだと思う。わたしは土着民というより、漂流民気質なところがあるので、どこか1箇所にとどまって根付いた活動をすることが、得意ではない。だから、so-anの荒武さんや藤田さんたちのような、地元の人と外から来た人をつなげてくれる人たちの存在が、とてもありがたかった。
(MAW note “水野渚「感じた分だけ時が過ぎる」(まとめ)”より一部抜粋)

 

ワーケーションを進めるso-anの周囲には、近年20代を中心とした移住者や二拠点生活者が増えている。2022年1月に閑静な住宅街の中で運営をスタートした宿湊庵 赤橙-so-an sekito-の縁側に面した大きな窓からは、荒武さんの生まれたばかりの赤ちゃんが寝転んでいる様子が見え、この1階にある共同スペースでパティシエの悠衣さんが週末カフェをオープンするなど、この町で子育てをする人たちの居場所にもなりつつある。

この町に文化や芸術を根付かせるためには、もっと距離を近づける必要があると思っています。そのためには、クリエイティブ人材の皆さんが町の一員となり、住民にとって身近な存在になることが理想ですね」と、荒武さんは朗らかに笑う。

そんな肩肘張らない穏やかなふるまいが、様々な人の関わりしろとなる「余白」につながっているはずだ。今後も荒武さんをはじめとするso-anが、アーティストを含む旅人、関係人口を地域と結びつける役割を果たすことが期待される。まさにso-anという存在こそが、地域の貴重な宝だといえるだろう。

荒武さんたちは地域内外をつなぐ媒介役として、
今日も稲取でその門戸をひらいている(撮影場所:赤橙)

 

<記:立石沙織>

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