INTERVIEW
しずおかの原石

鈴木のぞみさん、長谷山大騎(だいき)さん、鈴木千陽(ちはる)さん

たつやまみらいそうぞうぷろじぇくと
龍山未来創造プロジェクト
鈴木のぞみさん、長谷山大騎(だいき)さん、鈴木千陽(ちはる)さん


龍山未来創造たつやまみらいそうぞうプロジェクトと
マイクロ・アート・ワーケーショ

かつて静岡県内最後の村、龍山村と呼ばれていた浜松市天竜区龍山町は、浜松市の市街地から車で1時間ほど北上した中山間地に位置する。総面積の94%は森林が占め、南北に流れる天竜川の両岸にある4つの小さな集落には、270世帯、481人が暮らしている※1

※1:令和5年1月1日現在(浜松市の住民基本台帳による人口と世帯数に関する統計データより)

龍山町の風景(提供:龍山未来創造プロジェクト)

龍山未来創造プロジェクト(以下、たっぷろ)」の長谷山大騎(はせやまだいき)さんは、アーツカウンシルしずおかが2021年に立ち上げた「マイクロ・アート・ワーケーション(MAW)※2」で、1年目は「天竜四季の森」の協力者として、2年目は「たっぷろ」の代表として、「旅人(=アーティスト)」の受け入れを担当したホストの一人である。

※2:マイクロ・アート・ワーケーションは、県内で地域活動等を行う団体がホストとなって、アーティストなどのクリエイティブ人材を「旅人」として1週間程度受け入れるワーケーション事業。「旅人」には作品制作などの成果物を求めない代わりに、ウェブサイト「note」を使った情報発信を行うことを条件としている。

(長谷山)「龍山町では、2014年に最後の学校が閉校して以来、人口減少の一途をたどっています。この5年で、約200人が減少したとも言われていて、現在65歳以上の方が約7割という地域です。
学校がない、つまり子どもたちがいないということは、ひいては『我が子の未来のために町を良くしていこう』というビジョンを持つ子育て世代の不在の現れとも言えます。
そんな中でも、アーティストの人たちはこの土地に価値を見出し、その価値を文化資産として形(作品)にしてくれたり、新たな関係人口につながったりするかもしれない、そんなことに期待してMAWに応募しました」。

浜松市の市街地出身の長谷山さんは、転職を期に同市の地域おこし協力隊制度「浜松山里いきいき応援隊(以下、山いき隊)」に応募し、2021年龍山町に配属された。

龍山町出身の音楽家で「天竜四季の森」代表、鈴木のぞみさんがMAWを知り、共にホストの一員として手を挙げることにしたのだという。

インタビューに答える長谷山さん(左)

(長谷山)「はじめは正直、アーティストってよくわからなくて不安でした。アーティストとか芸術家の人って、なんだか気難しそうじゃないですか。どんな性格でどんな好みがあるのかもわからない。しかも『龍山町に行きたい』って一体どんな期待を持って来るんだろう。そう思ったら当初はとても気を遣いましたね」。

アーティストというよくわからない生き物がやってくる。MAWでは、各地のホストに「旅人」の受入をお願いしているが、「どんなふうにもてなせばいいんだろう」と悩むホストは多い。しかし長谷山さんは「それは杞憂でした」と言葉を続ける。

龍山町には音楽家、美術家、舞踊家、写真家、映像作家など、様々なジャンルの「旅人」が2021年に4人、2022年に3人滞在した。

彼らは山道や河原に転がる松ぼっくりや石などを興味深く眺めたり、行く先々で偶然出会った地域の人たちとの会話を楽しんだり。「MAWの1年目を経験して、ホストが『旅人』のために先回りして、特別なおもてなしを仕立てる必要はないと思い至った」と長谷山さんは語る。

MAWで滞在中に地域のサロンに参加する「旅人」の鈴木雄大さん(手前)

 

“地域の面白いモノや人を集めて整頓し、「旅人」に見せる”のではなく、“地域にあるモノや人、その雑多な中から「旅人」が主体的に動き、選び、出会う”ことをMAWは重視する。少し乱暴に聞こえるかもしれないが、「旅人」はちょっと放置しておくくらいの方が偶発的でおもしろい出来事が起こるのかもしれない。

例えば、2022年に滞在したアーティストのさとうなつみさんは、一人で散歩をしていた際に出会った地元の方に、会話の流れで2時間も地域案内をしてもらったという。ホストの長谷山さんたちも、さとうさんのnoteを読んで後日知ったそうだ。

(長谷山)「スケジュールの変更により、滞在中のフォローがあまりできなかったさとうさんについては、何か困りごとが起きていないか心配していたのですが、僕たちの知らないところで、地域の人たちも『旅人』を温かく受け入れてくれていたことがわかり、うれしかったですね」。

案内してくれたのは、「たっぷろ」のメンバーもよく知る方だが、普段は観光地ではない龍山町で、初対面の来訪者をそんなふうにもてなすとは想定していなかったという。

「旅人」たちの行動力、コミュニケーション力が、地域の人々にとって日常生活のなかでは発露する機会のなかった一面を刺激し、引き出したことがよくわかるエピソードだ。

鹿の解体を見せてもらう機会にも恵まれた「旅人」のさとうなつみさん(左)は、地域の人が鹿の角で制作した作品を手に記念撮影

(長谷山)「『旅人』のみなさんの日々のリアクションや毎日のnoteに、僕たちも含めて龍山町の人たちはどれだけ勇気づけられたことか。ここは、限界集落なんかじゃない。まだまだ戦える、まだまだできることがあると、気付かされました。
みなさんの言葉の表現には、自分の辞書にはない美しい単語が使われているんですよね。最近では、この地域のプレゼンテーションをする機会に恵まれると、MAWのnoteを何度も読み返して参考にさせてもらっているんです。『ああ、この表現いいな』って」。

「旅人」の存在が地域の日常をささやかにかき混ぜることで、新しい視点を見出したり、まだ可視化されていない価値を提示したりする。それは、地域住民にとってよく知る「龍山町」との出会い直しの機会とも言えるかもしれない。

地域の人と、「料理」という日常の営みを通して交流する「旅人」の本原令子さん(右)

MAWがアーティストや
地域に与えた影響

「たっぷろ」では、MAWによってつながった地域と「旅人」の縁を一過性にしないよう、2022年度に「浜松アーツ&クリエイション」の助成を受け、2022年12月2日(金)から4日(日)まで3日間限定の展覧会「龍山、ぽちゃんー龍山の昔、今ここからー」を開催した。旧龍山北小学校という廃校を活用し、MAWを通して龍山町と出会った「旅人」を中心に、アーティストたちが出会った龍山町を作品として表現し、地域の方々と共有しようという試みだ。

2021年度に滞在したアーティストの蜂谷充志(はちやみつし)さんは、校舎2階の元図書室だった空間で、龍山町で入手した天竜杉の原木を使ったインスタレーション《View,-天竜杉14本のアプリオリ:a prior-》を発表した。

哲学用語で「意識の前」を意味する「アプリオリ」という言葉を用いた理由について、蜂谷さんはこう語る。

蜂谷充志《View,-天竜杉14本のアプリオリ:a prior-》2022

(蜂谷)「郷里である長野県に抜ける道として、幾度か龍山町を通り過ぎることがあり、天竜川でつながっているこの地域を知りたいなと感じていました。その頃から無意識の間に、自分自身のアンテナが龍山町に反応していたのだと思います。
MAWの滞在場所として龍山町があったので、ここしかないと直感で応募しました」。

今回の龍山町での出会いは単なる偶然ではなく、蜂谷さんの直感と、この地域における「たっぷろ」の存在という2つの条件によって導かれた「必然的なもの」。そう表現したのが本作なのである。 蜂谷さんは、この作品を制作する際の興味深いエピソードも併せて聞かせてくれた。

(蜂谷)「原木を調達するにあたっては、地域の林業の方々に全面的なご協力をいただきました。やり取りしている中で、『天竜のこと、もっと勉強してよ!』と言われて、慌てて資料を探して調べました。地域の方による鋭い指摘は面白かったですね」。

アーティストが地域に対し新たな視点をもたらすというだけでなく、アーティスト自身も地域の人々から学びや気づきを得る機会となっているのだった。

(蜂谷)「この学校を最初に訪れたとき、校舎の中で最も陽が当たるこの図書室で、子どもたちが様々なことを学んでいる光景が目に浮かびました。だからこそ今回は、廃校となる前の最後の児童数である14本の凜とした天竜杉で、子どもたちがしっかりと円陣を組んでいるように配置したいと考えました。
この原木を室内に垂直に立てるのが、なかなかどうして大変で。大人の男性2人がかりで担ぎ上げたり、1本1本個性のある木材の垂直を微調整したり。今回は地元の大工さんも協力してくださり、どうやったらこの状況が実現できるのか、一緒に知恵を絞りながら取り組んでくれました
展覧会はたった3日間ですから、そのためにここまで労力をかけるのかって思う人は多いでしょう。でもアーティストとして、自分が思い描いた風景を自分の眼で見るまではやめられないんです。自分でも馬鹿だなあと思ったりもしますが、これからの地域社会にはこれくらい非合理的な要素があってもいいのではないでしょうか」。

今回の展覧会をきっかけに、「たっぷろ」のメンバーが2人増えたことを長谷山さんは教えてくれた。そのうち一人は、蜂谷さんの無理難題に協力してくださった地元の大工さんだという。

一見無駄なことと思われがちなアーティストの破天荒なアイデアと、それを必ず実現させようとする熱意は、生産性や合理性ばかりが求められがちな現代においては貴重な存在だ。時に誰かに相談したり、力を貸してと頼んだりするうち、自然と人を惹きつけていく不思議な力を持っている。個人の思いを出発点として、社会や組織に問いを投げかけていくというアーティストたちの真っ直ぐな姿勢は、これからの時代において、ますます重要になるに違いない。

そして、そうした熱い思いは、アーティストの中だけに沸き起こるものではない。地域を構成する一人ひとりが自ら意思を表現し、周囲に伝えていこうとする熱意を持っている。それこそがアートプロジェクトの原石であり、地域社会を動かすきっかけになっていくのだ。

MAW滞在には蜂谷さん(右)が教鞭を執る常葉大学の学生有志も同行
「学校教員を目指す彼らがいつか教員になったとき、この事業の継続の形が学校教育の中から生まれるかもしれない。龍山町との出会いは『地域』という存在を考え直す貴重な機会になった」


まちの記憶を紡ぐこと

「たっぷろ」は、龍山町をなんとかしたいと意気投合した3人が自然と集まり、活動し始めたことが今に繋がっている、ゆるやかな共同体だ。

冒頭でも記したとおり、子育て世代が流出し、町を支える人材が不足して未来の姿を想像することも難しい状況下においても、町の未来をつなぐ策を模索することを目的に、町の楽しさを創出すること、地域の出身者とのつながりを形成すること、新たな関係人口を創出することをとおして、地域資産や文化の継承を目指して活動している。

移住組の長谷山さんとはまた少し違った角度から龍山町をみているのは、龍山町出身の鈴木のぞみさんである。音楽家として国内外で活動しているが、コロナ禍の地方移住ブームに先んじて、「インターネットがあればどこでも仕事ができる」という環境を手に入れ、龍山町にUターンした。

インタビューに答える鈴木のぞみさん

(のぞみ)「今、町を支えてくださっている方々がいなくなってしまったら、『龍山町』は存続していけるのか分かりません。それでも『自分が育ったこの地域の風景や記憶を残したい』と考え、音楽家として、天竜川の風景をモチーフとした作曲を始めたのが10年前のこと。2000年に立ち上げた『天竜四季の森』という音楽団では、龍山町、そして天竜の四季の美しさを音にのせて伝えることをミッションに、オリジナルの楽曲の制作や演奏活動、ワークショップなどを行っています」。

のぞみさんは楽団の演奏家として舞台に立つほか、「龍の水辺の芸術祭」など、文化芸術活動を通した天竜川流域の地域創生に取り組んできた。その経験の積み重ねがあったからこそ、自分たちだけでなく、一人でも多くの多様なアーティストにこの町を知ってもらい、ここで作品のインスピレーションを得てもらいたいと考えたのだという。

(のぞみ)「地域の人たちは、どんどん人を呼び込むような『にぎやかな町おこし』よりも、この集落のことを思ってくれる人を少しずつ増やしながら静かに暮らせることを願っていると感じます。だからこそ、龍山町やここで培われてきた文化や営みなど、今あるものを大事にしてくれるアーティストがこの地を訪れ、作品としてこの集落のことを形に残すことで、人々の記憶から忘れ去られないようにしたい

と強調する。

(のぞみ)「2021年度のMAWに参加された舞踊家の吉﨑裕哉さんは、龍山町の伝統芸能『白倉囃子しらくらばやし』に着目され、新しい継承の道として作品制作の可能性を探ろうと調査をしたのですが、すでに継承できる人はいなくなった後でした。もう数年早ければ…。そんなジレンマを少しでも減らしていくことができれば」。

昔の龍山のお話をしてくれた地域のおばあちゃんと話をする吉﨑さん(右)

ここ数年はコロナ禍も相まって、地域の祭りを開催できなかった地域も少なくない。

もはやそのことが当たり前のように新しい日常として馴染んできている感覚すらあるが、この白倉囃子のエピソードは、私たちが本当に大事にしたいもの、失くしたくないものがそこにないのか、今一度立ち止まってみるこの重要性を物語っている。


龍山町のこれから

天竜川が流れる龍山町の風景

雄大な天竜川が流れる龍山町では、人々は日々、朝霧や夕霧が立ち込める幻想的な景色のほとりを歩くことができる。さらには、白倉峡等の渓谷が織りなす美しい景色を見ることもできる。とにかく静かな時間が流れ、芸術作品の創作には無限のインスピレーションを得られる最適な場所だ。

そんな地域に腰を据えたのぞみさんは、「MAWをとおして龍山町の地域のみなさんと一緒にアーティストの受け入れ態勢や寛容性を育てることで、独自でも芸術家を誘致できる事業を展開していけたら」と意気込む。アーツカウンシルしずおかがしつらえたMAWの次の展開として、地域で自主的なMAWが展開される可能性もあるかもしれない。

活動2年目の彼らの活動がこれからどうなっていくかはまだ未知数ではある。

けれど大丈夫。ここは、限界集落なんかじゃない。

これからも未来を創っていける、まだまだできることがたくさんある。

思いを共有した3人の姿には、これからも脈々と受け継がれていく町の未来が投影されている。

龍山未来創造プロジェクト
鈴木のぞみさん(左)、長谷山大騎さん(中央)、鈴木千陽さん(右)

 

<記:立石沙織>

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