文化やアートをめぐるさまざまなこと。
アーツカウンシルしずおかの目線で切り取って、お届けします。
いっぷく

vol.81
第10回MAW茶会レポート ゲスト:山中カメラさん
(プログラム・コーディネーター 立石沙織)
マイクロ・アート・ワーケーション(MAW)のその後を、ゆるゆると追いかけるインスタライブ「MAW茶会」。静岡県内を旅してもらった「旅人=アーティスト」にお話いただく公開インタビューとして、2023年度に実施した試みです。
だいぶ時間をかけてしまいましたが…(すみません!)、いよいよ今回がMAW茶会の最終回。2024年3月26日(火)に開催した山中カメラさんの回をレポートします!
「カメラ」と「現代音頭作曲家」について
山中カメラさんは、MAWでは2021年に静岡県三島市を中心とした東部地区、2023年には牧之原市を旅したアーティストです。茶会開催当時は愛媛県を拠点に、現代音頭作曲家として国内外各地の新しい音頭(盆踊り)をつくる活動をしています。
現代音頭作曲家でありながら、活動名は「カメラ」。何も知らない人なら写真家だと思うかもしれない・・・ということで、まずは名前の由来についてお聞きました。
【山中】そもそも高校生の頃は、映画音楽を作るような作曲家になりかったんです。でも早々に挫折を経験し、1996~97年頃から写真を始めました。
写真を撮るうち、ただ撮るだけではオリジナリティがないと考えて、“カメラを使ったパフォーマンス”をするようになりました。例えば、カメラを使ってお寿司を握るとか、カメラで獅子舞を踊るとか。
名前もそんな活動に合わせたキャッチーなものがいいと思い「山中カメラ」とすることにしました。
一風変わった写真家として活動していた山中さんですが、2006年ごろから現代音頭作曲家という肩書きを名乗るようになったそう。
【山中】茨城県取手市の「取手アートプロジェクト」に参加し、同じく参加アーティストだった宮田篤さんと一緒に、フランス製の楽器「オンドマルトノ」を使った音頭をつくることになったのがきっかけでした。
折角だから、踊りの振り付けもつくってみたら、子どもやお年寄りが一緒に手を繋いで回っている様子を目にして、思わず感動しました。自分がつくったんですが、これはひょっとしたらすごいものかもしれないと思えて、「次から僕は盆踊りを作るために活動する」と決めたんです。

撮影者:粟飯原一
その後は「現代音頭作曲家」として、商店街、美術館、学校など全国から依頼を受けて各地で活動を行ってきました。
多くは特定の地域に約1ヶ月程度滞在し、住民と触れ合ったり、図書館に行って文献に触れたり、地元の歴史に詳しい人にお話を聞いたりして、その土地オリジナルの音頭(作詞作曲)と盆踊り(振り付け)、時には盆踊り大会の開催まで手がけています。
つまり「現代音頭作曲家」とは、世界中でたった一人、山中さんが独自に考えだした肩書きなのです。
自身にその肩書きを課して約15年。山中さんが今までにつくった作品は20曲弱にもおよび、現在もその活動の幅を広げています。

撮影者:コセリエ
1回目のMAW −富士山−
これまで1ヶ月程度の滞在を前提に制作や発表を行ってきた山中さん。
それに比べて、マイクロアートワーケーションはたった1週間しか与えられず、成果物も求められないプログラムです。
なぜ応募しようと思ったのか、その理由をお聞きしました。
【山中】1年目のMAWはコロナ禍の真っ只中で、当時人が集まることを前提とした盆踊りは全くできなくなり、一時は自分自身のアイデンティティを見失いかけていました。けれど、そもそも「盆踊りとは何か」と考えたとき、私たち人間が故人や会えなくなった人と再会するために想像力を駆使して共に踊ることであって、人と直接会わなくても盆踊りはできることに気づけたのです。
コロナ禍でむしろ自分の表現の幅が広がったという感覚があったからこそ、MAWでもこの状況ならではの発見があればいいなと思い、参加しました。
山中さんは、1年目のMAWで三島市に滞在し、富士山周辺を持参の自転車で回りながら、富士山音頭の提案をnoteに記しています。
MAW note
【山中】1週間しかありませんでしたが、仮に「富士山の音頭をつくる」という気持ちで滞在しました。私自身富士山に対する憧れがあり、なぜ日本人は特に富士山に対して特別な感情を抱くのか知りたかったんです。
冨士仰や富士山信仰に関することを色々調べて一番驚いたのは、富士山とかぐや姫の伝説が結びついていること。一般的に知られるかぐや姫は月に帰りますが、静岡ではかぐや姫は富士山に帰っていく。仮に富士山音頭を作るならかぐや姫は絶対に出てくるな、と。そういったことを色々考えながら過ごしました。

山中さんなりに導いた最終的な結論とは、富士山の“富士”には、不死身の“不死”、二つとないという“不二”、尽きることのない“不尽”という人々の願いや憧れが集約されているのではないかということ。
これらの気づきは「今後の音頭制作にも活かしていける」と山中さんは語ってくれたのでした。
2回目のMAW −静波の海−
1回目のMAWから約2年。2023年度のMAWに再び応募した山中さんがマッチングされたのは、静岡県中部にある牧之原市でした。
【山中】緑茶の生産地として知られる地域ですが、駿河湾に面した静波海岸も素晴らしく綺麗で。行く前に牧之原はどういうところか調べ、ある程度のイメージを持って向かいましたが、初日にあの海岸に入った瞬間に感じた雰囲気は全く違っていて、光と波の景色が目の前にバーッと現れてきて驚きました。その風景が素晴らしすぎて、富士山のことを考えることもないくらい、多くの時間をその周辺で過ごしました。
「静岡県は山もある海もある」とはよく言うものの、2回のMAWの経験を通じてそれを見事に体感してくださった山中さん。これらの2つ滞在の違いや、それらの経験から感じる自身の変化について訊ねてみました。
【山中】1回目の滞在で富士山のことを調べてからは、その土地の持つ力や人間の中にある普遍的な言葉にできない何かを意識的に考えるようになりました。学びも多く、人のつながりもある程度できましたが、コロナ禍だったので積極的に広げていくのは難しかったというのが正直なところです。
一方で2回目の牧之原は、ホストの一般社団法人0548プロジェクトの代表・尾崎さんにいろいろと話を聞く、尾崎さんにさまざまな人を紹介してもらうなど、地域の人たちとの交流が充実していました。こちらから調査を進めていくというのではなく、地域のみなさんから地域の素晴らしさを教えていただいたという印象で、牧之原が第二のふるさとになったような感覚もあります。

(山中カメラ「牧之原しずなみ音頭(まとめ)」より)
ホストの尾崎さんは、MAWが終わった後も旅人たちの交流をつづけ、山中さんが岡山県で盆踊りを発表した際には、はるばる静岡から見に行ったこともあるそう。そういった継続的な交流の結果、ホストらが2024年に立ち上げたアートプロジェクトに山中さんも関わることになりました。
【山中】ホストの一般社団法人0548プロジェクトは、「一如(いちにょ)」というB型の就労支援作業所を運営されていました。その代表の尾崎さんは、牧之原というまちを盛り上げる団体「海と山の文化市実行委員会」にも所属するなど、多岐にわたる地域振興事業に取り組んでいます。
MAWは1週間という短い期間でしたが、今回のプロジェクトは牧之原という地域の魅力を丁寧に掘り起こすために通年で展開されるもの。僕は色々なコトや人を取材して、インタビューの様子を映像にしていく役割を担います。
牧之原オリジナルの音頭をつくるかどうかはわかりませんが、山中さんが継続的にこの地域に関わりながらまだ出会っていない人や声に耳を傾ける役割を担うことで、どんな発見が生まれていくのか、今後の展開が楽しみです。

(写真:山中カメラさん提供)
これからMAWに参加するホスト、そして旅人のみなさんへ
改めてMAWを振り返り、
「ホストの尾崎さんが『こんなことまでやってお節介じゃないかしら』と心配されていましたが、私は逆にそのお節介が嬉しかったです。とてもかけがえのない経験をさせていただいた」と、山中さん。
旅人のみなさんには「ある程度ホストの方に委ねる姿勢をもっていると、新しい発見や出会いがあるはず」と言葉を続けました。
それは、ホストのみなさんが地域を知るスペシャリストだからであり、ホストの存在こそマイクロ・アート・ワーケーションの醍醐味だからなのだと思います。
日々表現に向き合い、さまざまな手法を凝らしてよりよい未来に向けて独自の考えを社会へ投げかけるアーティスト(旅人)。
そして、日々地域に向き合い、さまざまな人たちとよりよい未来に向けてアクションを積み重ねていく地域団体(ホスト)。
実のところ、この両者はとても似ていると思いませんか?
手段やフィールドは違うけれど、もしかしたら志を共にできる仲間になれるかもしれない。アーツカウンシルしずおかはそんな淡い期待を抱いてマイクロ・アート・ワーケーションを続けています。
2025年度のマイクロ・アート・ワーケーションももうすぐ始まります。県内各地で展開されるさまざまな出会いと対話の記録(MAW note)を楽しみにしてお待ちください!
(プログラム・コーディネーター 立石沙織)