文化やアートをめぐるさまざまなこと。
アーツカウンシルしずおかの目線で切り取って、お届けします。
いっぷく

vol.82
文化芸術を社会の基盤に
——アーツカウンシルしずおかの挑戦と成果
(チーフプログラム・ディレクター 櫛野展正)
はじめに
アーツカウンシルしずおかは、文化芸術が多分野と連携しながら、地域振興、社会課題解決、人材育成、関係人口の創出、創造性の裾野拡大、政策提言といった多角的な側面から地域社会の持続可能な発展に貢献できることを提唱してきた。その活動を通して、地域に根差したアーツカウンシルがいかに文化芸術の領域を超え、地域全体の発展を牽引しうるかを示すモデルケースとなることをめざしてきた。
アーツカウンシルしずおかの活動は、文化政策が従来の「鑑賞」や「保存」といった県民にとって受動的な役割に留まらず、「創造」「参加」「社会課題解決」といった能動的・実践的な側面へとその役割を拡大している、より広範な潮流を示す。文化が単なる余暇活動や専門家の領域ではなく、地域社会の基盤インフラとして機能しうるという認識の深化が背景にある。この変革は、文化支援の正当性を強化し、福祉、教育、経済といった他分野との連携を促進する上で極めて重要である。文化芸術活動の主体は県民である以上、県民にとって文化芸術が「特別なもの」ではなく「生活の一部」となる必要がある。そうなってはじめて、県民主体の持続的な文化振興が期待でき、アーツカウンシルがその応援団の役割を果たしていく。
静岡県文化振興基本条例とアーツカウンシルしずおかの設立経緯
静岡県文化振興基本条例は、平成18年10月に制定され、静岡県の文化振興を継続して進める重要な柱となる。この条例は、文化の振興に関する基本理念を定め、県の役割を明確にするとともに、文化振興施策の基本となる事項を定めることにより、文化振興施策を総合的に推進し、個性豊かで創意及び活力にあふれる地域社会の実現に寄与することを目的とする。
本来、芸術文化は特定の層のためではなく、すべての県民のためのものである。静岡県文化振興基本条例は、かねてより高齢者や障害者の文化活動についても言及し、その機会提供を促してきたものの、その実践においては手薄な部分があった。アーツカウンシルしずおかは、こうした特定の分野における不足を補いつつ、より包括的で多角的な文化振興をすべての県民のために実現するため、設立された。特に、高齢者の文化活動の促進においては、現条例の理念と照らし合わせ、その不足を埋める形で「超老芸術」のような独自の取り組みを展開している。
静岡県が平成18年2月に策定した「静岡県の文化振興に関する基本方針」において、「『みる』・『つくる』・『ささえる』人を育て、感性豊かな地域社会の形成を目指す」という基本目標が定められている。この目標は、県民の主体的な文化活動への関与を明確に促すものであり、アーツカウンシルしずおかの活動理念と深く共鳴するものである。
アーツカウンシルしずおかの活動は、この条例の精神と目標を具現化する。特に、県民の文化活動への参加機会の提供、次代の文化の担い手となる青少年の創造性涵養、そして地域社会の活性化に資する文化活動の推進において、条例の理念を実現するものである。
- 条例第8条(文化活動を行う機会の提供):
県は、県民が文化活動を行う機会を提供し、民間団体等との連携による文化活動を推進する施策を講じるものである。アーツカウンシルしずおかの「文化芸術による地域振興プログラム」や「マイクロ・アート・ワーケーション」などは、県民が多様な形で文化芸術活動に参加し、創造性を発揮する機会を具体的に提供する。
- 条例第9条(学校教育における文化活動の充実等):
県は、次代の文化の担い手となる青少年が豊かな人間性を形成し、創造性をはぐくむことができるようにするため、学校教育における文化活動の充実その他の必要な施策を講じるものである。アーツカウンシルしずおかの研修講座や、子どもから高齢者、障害の有無に関わらず誰もが表現活動に参加できるワークショップ支援は、この条項に直接的に貢献する。
- 条例第10条(文化活動の推進):
県は、文化活動の推進に必要な施策を講じるものである。アーツカウンシルしずおかの政策提言活動や、文化芸術の社会価値確立への取り組みは、文化芸術の効用を可視化し、文化活動全体の推進力を高める。

静岡県文化振興基本条例は文化政策の理念的・法的方向性を示し、アーツカウンシルしずおかのような実働部隊がその理念を具体的な事業として展開することで、条例の意図が県民レベルで実践される。これは、単なる法令遵守に留まらず、条例が定める「基本目標」や「目指す地域社会」の実現に向けた強力な推進力として機能する。この相乗効果は、文化政策が理念的な枠組みに終わらず、具体的な社会変革をもたらすためのモデルケースとなる。県民は、自身の文化活動が県の公式な政策と連動していることを認識し、より積極的に文化活動に参加する動機付けとなる。これにより、文化政策の有効性と県民への浸透度が向上し、文化芸術が社会の土台として定着する基盤が強化される。
1. 文化芸術による地域振興
アーツカウンシルしずおかの主軸事業である「文化芸術による地域振興プログラム」は、令和7年度までに県内延べ136団体を支援してきた。支援対象地域も拡大し、県内35市町中26市町でアートプロジェクトが展開されており、全県展開へ向け、着実に進展している。
アートプロジェクトの内容も多様化し、「UNMANNED無人駅の芸術祭」のような全国的に評価される事業が創出された。大井川鐡道の無人駅や集落を舞台にした、本芸術祭では、集落の人たちがアーティストの創造性に触発され、自主的にお茶を提供したり作品を設置したりするなど、作品への愛着を育んだ。この住民の積極的な関与と芸術祭の全国的な評価が相まって、地域への愛着や誇り(シビックプライド)の醸成に大きく貢献したのである。

子どもや、高齢者向け、スポーツや受刑者を対象としたものまで、県民の活動分野が広がった。これにより、これまで文化芸術と接点が少なかった県民にも創造的な活動の機会が提供され、その裾野が広がった。例えば、Lab Qrioや静岡あたらしい学校などの事業を通じて、子どもたちには表現の場を提供し、スポーツ分野では三保海浜マラソンが身体表現と芸術の融合を試み、株式会社小学館集英社プロダクションによるアートプロジェクトで関わった受刑者には自己表現を通じた心のケアや社会とのつながりを感じる機会をもたらした。熱海怪獣映画祭から派生した映画制作や藤枝宿世代をつなぐ商店街づくり実行委員会による伝統文化の復活など、県民への助成事業が活動拡大の母体となった事例も現れる。湖西市や伊豆地域といった地理的な広がりだけでなく、熱海市のように分野を超えた連携で街全体の活性化に県民が寄与する例も見られた。「合同会社so-an」のアートセンターに向けた整備など持続的な活動への展開や、静岡鉄道株式会社等との企業連携も拡大し、文化芸術がビジネス分野との連携を深めていることを示した。
助成団体間の連携も生まれ、「三島満願芸術祭」での伝統芸能の披露や、福祉団体による共同事業など、分野や地域を越えた県民の協力が進んだ。また、他助成金の獲得やクラウドファンディングなど、多様な自己資金獲得手段も広げ、文化芸術活動の自立性を高めている。
「文化芸術による地域振興プログラム」は単なる資金提供に留まらず、地域社会における県民の創造的活動の大きな起爆剤として機能する。応募件数の増加や対象市町の拡大は、県民の本事業への関心の高まりと、地域住民の創造的な活動意欲の活性化を裏付けるものである。
2. 社会課題解決等への戦略的アプローチ
アーツカウンシルしずおかは、文化芸術をまちづくり、観光、福祉、教育、産業、地域振興など幅広い分野への社会課題解決への糸口と位置づけており、県民の活動を通じて具体的な成果を上げている。
「アートによる空き家活用事業 fresh air」では、深刻化する空き家問題に対し、県民が文化芸術の力で新たな解決策を提示してきた。空き家に関する専門家と組織したワーキンググループでは、空き家活用におけるアートの有用性が可視化され、その価値を他の事業者に伝えるためのガイドライン作成に着手した。単に物理的な空間を再利用するだけでなく、アーティストが空き家とかかわることで、経年劣化を建物の歴史や価値として捉える発想の転換を促すなど、放置された物件に県民が目を向けるきっかけを創出した。例えば、アーティストの清水玲が投げかけた「神社も空き家ではないか?」という問いは、従来の「空き家」の定義を揺るがし、建物に内在する記憶や歴史、そして人々の思いこそが、その本質的な価値を決定するという、県民のより深い洞察を提示した。アーティストが有する、こうした批評的な視点は、空き家所有者の意識を変え、相続対策といった具体的な行動を促す可能性を示唆するものである。

アーツカウンシルしずおかは、アートの持つ「問いを立てる力」や「既存の枠組みを揺るがす力」を社会課題解決に応用することで、行政やビジネスでは到達しにくい深層的な変革を促すことができると考える。これは、文化政策が他の公共政策の領域と連携する上での新たなモデルを提示する可能性につながっている。
「超老芸術」は、高齢になっても独自の創作表現を続ける県民を発掘紹介するアーツカウンシルしずおか独自の取り組みとして、NHKで2週続けて全国放送されるなど、全国的にも広く認知されるようになった。2023年度にはグランシップで全国から22組1,500点以上の作品を展示する「超老芸術展」を開催し、その結果、60歳以上の来館者が半数を占め、「何か表現活動してみようと思った」という感想が多数寄せられたことで、鑑賞者の表現活動を誘発するきっかけとなった。2024年度には信州アーツカウンシルとの共同企画で長野県北アルプス展望美術館での展覧会(来場者1,832名)も実現し、地域を超えた連携の可能性を示した。

「超老芸術」を活用した高齢者施設での対話型鑑賞や絵画制作ワークショップの実証実験では、高齢県民の長期記憶を引き出し、自由な表現活動の楽しさを味わってもらうことに成功し、QOL向上に繋がる可能性を提示した。県内の高齢者に向けた表現活動実態調査では、文化芸術活動が精神的な充足感や生活の質の向上に寄与していることが明らかとなり、これらをもとにした政策提言も行った。この「超老芸術」を通じた高齢者への文化芸術振興の取り組みは、文化芸術が超高齢社会における保健医療や社会福祉の社会課題解決に貢献し、高齢者の生活をより豊かで意味あるものにする有効な手段となりうることを実証している。これは、文化芸術活動への能動的な参加が個人のウェルビーイングを高める力に寄与することを示している。

アーツカウンシルしずおかのこれらの取り組みは、文化芸術の本質的な価値にとどまらず、具体的な社会課題への介入と解決策を提供しうる、実践的な力を持っていることを明確に表している。
3. 人材育成による文化基盤の強化
文化芸術活動の持続的な発展には、その担い手の存在が不可欠である。アーツカウンシルしずおかは、この点に重点を置き、地域でアートプロジェクトを実践する「住民プロデューサー」の成長を後押しする研修講座を2022年度より開催してきた。座学だけでなく、ときには実践も重視した講座内容によって、受講した県民が自身のプロジェクトを具現化し、翌年度の「地域振興プログラム」助成に応募する、あるいは自力で企画を実現するという直接的な成果へと繋がっている。本講座は、地域においてアートプロジェクトを行う県民の人材育成のパイプラインとして機能し、活動の持続可能性を高めていることを意味する。アーツカウンシルしずおかは、「文化芸術による地域振興プログラム」等による資金提供とこうした実践の場を組み合わせることで、単発のイベント支援に終わらず、地域に根差した文化芸術を創り出す主体を育成し、文化芸術活動の内発的成長を促している。これは、文化芸術の持続可能性を高める上で極めて重要な基盤強化の取り組みであると言える。

また、グランシップでの常設相談窓口に加え、県内各地での出張相談窓口を開催するなど、アーツカウンシルしずおかは文化芸術の「よろず相談窓口」としての機能も担ってきた。この相談窓口は、アーツカウンシルしずおかの専門スタッフだけでなく、弁護士、税理士、中小企業診断士、特別相談員といった専門家による多角的なサポートを県民に提供している。相談件数は、令和4年度には170件、令和5年度には154件、令和6年度には120件と推移しており、継続的に高い需要があることを示す。
これは、アーツカウンシルしずおかが文化芸術活動の「インフラ」として機能し、県民の活動の安定と発展を実務面から支えていることを示すものである。多様な専門家によるサポートが、文化芸術活動者の実務的な社会課題解決を支援し、活動の安定化に貢献している。これにより、地域における文化芸術活動の土壌を豊かにし、持続可能なエコシステムの基盤を強化することにつながっている。相談窓口の継続的な需要の高さは、文化芸術活動の現場が抱える経営的・法務的課題の多さを浮き彫りにするとともに、アーツカウンシルしずおかがこれらの社会課題解決に不可欠な役割を果たしていることを示す。これは、文化政策が単なる創造活動の奨励に留まらず、その活動を支える「裏方」としての機能強化が重要であることを示唆するものである。
4. 関係人口創出における先駆的役割
アーティスト等のクリエイティブ人材が「旅人」として地域に短期滞在し、地域住民と交流する事業「マイクロ・アート・ワーケーション」は、2021年度の開始以来、2025年度までに延べ66の受入団体と209人の旅人が参加し、県民との交流を深めてきた。旅人には作品制作を求めない代わりに、地域の魅力をブログ(note)で発信することを条件としており、県民は地域資源の新たな視点での発見と発信に貢献する。
マイクロ・アート・ワーケーションの成果は、単に多くのクリエイティブ人材を静岡県内に集めたことにとどまらず、交流の質とそれが生み出す長期的な波及効果にある。作品制作を義務付けないことで、アーティストは地域との交流に集中でき、地域住民も「アート」に対する敷居が高いものではなくなる。このアプローチは、表面的な関わりを超えた深い人間関係を育み、それが新たなアートプロジェクトの創出や助成金の獲得、さらには参加したアーティスト等の91.2%が「今後、静岡県で活動してみたい」と回答しており、静岡県内での活動に高い関心を示す結果へとつながっている。

マイクロ・アート・ワーケーションは、このような関係人口の創出に大きく寄与しているだけでなく、県民である受入団体にも創造性の気づきを促し、マイクロ・アート・ワーケーションを機に20件以上のアートプロジェクト等が各地で生まれている。
マイクロ・アート・ワーケーションは、従来の「アーティスト・イン・レジデンス」とは異なる、関係性構築に特化したゆるやかなアプローチにより、地域とクリエイティブ人材との間に新たな社会関係資本を形成している。これは、単なる観光促進を超え、地域外からの人的ネットワークを拡大し、地域活性化に資する新たな交流を生み出すモデルであると言える。マイクロ・アート・ワーケーションは、文化芸術が地域活性化における「関係人口」という新たな概念を具体的に創出し、地域に持続的な活力を注入する戦略的ツールとして機能している。これは、アートが経済的指標だけでなく、社会的な結びつきやコミュニティのレジリエンス向上に寄与する可能性を実証しているものである。
5. 多分野連携の推進
アーツカウンシルしずおかは、文化芸術の可能性を最大限に引き出すため、「クリエイティブ人材派遣事業」を通じて異分野連携を積極的に推進している。この事業では、企業や自治体が抱える課題に対し、アーツカウンシルしずおかが県民であるアーティストやクリエイターの専門知識や創造性をマッチングさせ、解決策を提案していく。これにより、企業のブランディングや自治体の広報活動などに新たな価値が県民によって生み出されている。

この連携は、文化芸術がビジネスや行政の領域にも具体的に貢献できることを明確に示している。企業にとっては従来のマーケティングでは届かなかった層へのアプローチやイメージの刷新、自治体にとっては住民サービス向上や地域社会課題解決への新たな視点を県民が得ることができる。アーツカウンシルしずおかの存在は、異分野間の対話を促進し、新たな協働を生み出す「触媒」として機能し、文化芸術の活動領域と社会的な影響力を拡大している。
2022年度に開催した「地域づくりフォーラム『クリエイティビティと地域のイノベーション』」も、この方向性を示すものである。このフォーラムは、ビジネス分野とアートの連携を促進することを目的とし、企業経営者からアートへの期待感が表明され、終了後には企業関係者からの問い合わせや相談が増加するなど、新たな連携を生み出す契機となった。
「クリエイティブ人材派遣事業」では、これまでに多様な連携を実現してきた。令和4年度には御殿場市へ、令和5年度には株式会社中島屋ホテルズや静岡県くらし・環境部企画政策課へクリエイティブ人材を派遣。令和6年度には、障害者アート展を展開する企業の連合体である「irodoriプロジェクト」、静岡県中部地域局のサウナツーリズム検討会、株式会社リビングディー第一建設、令和7年度には、整形外科函南クリニックが申請する介護施設など、分野を超えたさらに幅広い連携が進む。
これらの派遣を通じて、企業では社員の視野拡大や新たな発注、行政では職員の思考の広がりや具体的なツール作成といった具体的な成果が県民の活動によって生まれた。さらに、アーツカウンシルしずおかは「TECH BEAT Shizuoka」のようなスタートアップイベントへの出展やトークセッションの開催を通じて、企業経営者層へアートの意義をPRし、企業関係者のアートへの関心を高めることにも貢献する。

アーツカウンシルしずおかは、文化芸術とビジネス・行政という異なる「言語」を持つ分野の「通訳者」として機能する。アーツカウンシルしずおかは、この役割を積極的に担うことで、アートが企業の人材育成、商品開発、行政の政策立案、地域振興といった実務的社会課題解決に直接貢献しうることを実証している。これは、アートの社会実装を強力に推進するモデルであり、クリエイティブ人材の異分野への派遣やイベントでのPRが、企業・行政側の「アート思考」への関心を高め、社員の視野拡大や思考の広がりを促している。これにより、新たなビジネス機会の創出や政策立案への創造的アプローチ導入につながり、アートが多様な分野で新たな価値を生み出す「触媒」として機能することが示された。アーツカウンシルしずおかは、アートの価値を「異なる言語」で表現し、ビジネスや行政の文脈に適合させることで、これまで接点の少なかった分野間のシナジーを生み出し、文化政策が経済・産業政策や公共サービス改革と連携する可能性を広げている。
6. 創造性の裾野の拡大と「すべての県民がつくり手」の理念
「すべての県民がつくり手」は、アーツカウンシルしずおかの活動のゴールであり、その根底に流れる明確な理念である。この理念は、県民一人ひとりの創造性を最大限に引き出すことを最も重要な要素とし、文化芸術を特定の専門家や一部の人々だけのものではなく、誰もがアクセスし、参加できる普遍的な営みとして捉える視点を示す。アーツカウンシルしずおかは、この理念を具現化するため、文化芸術活動の敷居を下げ、より多くの県民が自身の創造性を発揮できるような機会を多角的に提供してきた。
例えば、子どもから高齢者まで、また障害の有無に関わらず、誰もが表現活動に参加できるワークショップやプログラムを数多く支援した。これにより、美術館や劇場といった従来の芸術空間だけでなく、地域の集会所、福祉施設、学校など、多様な場所で文化芸術活動が展開されるようになった。特に、「超老芸術展」では、60歳以上の来館者が半数を占め、「何か表現活動してみようと思った」という感想が多数寄せられたことで、鑑賞者の表現活動を誘発するきっかけとなった。また、「文化芸術による地域振興プログラム」の応募件数増加や対象市町の拡大は、県民の創造的な活動意欲の活性化を裏付けるものである。これらの具体的な取り組みと成果は、より多くの県民が文化芸術活動の「つくり手」として関わるようになった根拠となる。

これは、特定の層に限定されがちだった芸術活動を、県民全体の普遍的な営みへと変革しようとする試みである。そもそも、地域に根差した文化の中には、郷土芸能や祭りに代表される、まさに県民主体の活動があり、県下にも多数伝えられている。こうした活動の価値を再評価しつつ、新たなプロジェクトに取り組むことで、さらなる効果をあげていきたい。
県民が日常生活の中で自然に芸術に触れ、自らも表現者となることを促すことで、文化芸術はより身近なものとなり、その創造性の輪が県下に大きく広がる。これは地域社会全体の文化的な豊かさを高めるだけでなく、多様な価値観が共存する寛容な社会を育む上で極めて重要な役割を果たす。こうして、静岡県は近年注目されてきているコミュニティアートの最も先進的な県となることをめざしたい。すべての県民が担い手となることで、広がりとともに、創造性を高めることで文化の質をも高めていく。県民一人ひとりのウェルビーイング向上に直結し、社会全体の活力を生み出す源泉となる。
7. 政策提言を通じた文化芸術の社会価値の確立
アーツカウンシルしずおかは、単に個別のプロジェクトを支援するだけでなく、文化芸術の社会における価値を学術的・政策的に検証し、その成果を政策提言に繋げるという重要な役割も担っている。例えば、アートによる空き家活用事業や高齢者の表現活動に関する具体的な調査研究を通じて、それらの活動が地域経済、コミュニティの活性化、県民個人のウェルビーイング向上に与える具体的な影響を数値や事例で示してきた。また、文化政策への投資が地域にもたらす効果を評価する研究も行い、文化芸術への投資が単なる支出ではなく、社会全体への「投資」として捉えられるべきであることを提唱する。
これらの調査研究と政策提言活動は、文化芸術の効用を可視化し、その存在意義をより明確に確立することに貢献している。行政や企業、さらには一般県民に対しても、文化芸術が単なる趣味嗜好の領域に留まらず、地域社会の持続可能な発展に不可欠なインフラであることを認識してもらう上で極めて重要な役割を果たす。アーツカウンシルしずおかは、これまでの実践を通じて得られた知見をエビデンスベースの政策へと昇華させることで、将来の文化政策立案に資する貴重な示唆を与え、文化芸術が社会の基盤としてより強固に位置付けられるための道筋を示している。
結論
アーツカウンシルしずおかの5年間の活動は、静岡県文化振興基本条例が掲げる「『みる』・『つくる』・『ささえる』人を育て、感性豊かな地域社会の形成を目指す」という基本目標を、県民の主体的な参画と創造性発揮を通じて具現化した。特に、「すべての県民がつくり手」という理念は、単なるスローガンに留まらず、地域振興から社会課題解決、人材育成、関係人口創出、多分野連携、政策提言に至るまで、あらゆる事業の根底に流れ、県民一人ひとりが文化芸術の担い手となり、その恩恵を享受する環境を創出してきたことを明確に示す。
アーツカウンシルしずおかの活動は、文化芸術が単なる鑑賞の対象ではなく、地域社会の社会課題解決を促し、新たな価値を創造する「触媒」として機能することを実証した。県民は、このアーツカウンシルしずおかの支援と環境整備を通じて、自身の創造性を最大限に引き出し、地域社会の持続可能な発展に貢献する主体となった。これは、文化芸術が社会の基盤インフラとして不可欠であることを明確に示す。
今後も、アーツカウンシルしずおかは、県民の創造性を最大限に引き出し、文化芸術が地域社会の多様な社会課題解決と持続可能な発展に貢献し続けるための「触媒」としての役割を強化していきたい。これにより、静岡県民による、文化芸術を自らの生活を豊かにし、地域社会を活性化する不可欠な要素として認識し続け、未来に向けた個性豊かで活力ある文化の創造に寄与していく所存である。
