COLUMN

いっぷく

文化やアートをめぐるさまざまなこと。
アーツカウンシルしずおかの目線で切り取って、お届けします。

vol.90

アーティスト・クリエイター×空き家マッチングツアー 静岡・蒲原編 レポート

(アーツカウンシルしずおか)

アーツカウンシルしずおかでは、2023年度より、空き家活用におけるアートやアーティストの可能性を検証するパイロット事業「fresh air」を展開しています。3年目となる2025年度は、空き家ツアーの実施や、アートによる空き家活用ガイドラインの作成に取り組んでいます。

空き家マッチングツアー全4回のうち、第4回は静岡市清水区の蒲原地区で行われました。静岡市の東端に位置する蒲原は、富士山と駿河湾を望む旧東海道の宿場町です。1701年に高波によって現在の位置に宿場が移されて以来、その町割りが今も変わらず残っており、静岡県内で唯一「歴史国道」に認定されたエリアの一部でもあります。

江戸末期と大正末期にメイン通りが移ったことも重なり、鉤の手に曲がる狭い道やなまこ壁など、江戸時代の面影を色濃く残す建物が今も生活の場として立ち並んでいます。

登録有形文化財が集積し、水産業(桜えびやシラス)や農業(柑橘)も盛んなこの地域では、古い建物を守り活用しようとするNPOの活動も続いてきました。一方で、少子高齢化や若者の流出が進む中、歴史・文化を継承する担い手が少なくなりつつあるという現状もあります。

集合場所となった登録有形文化財「旧五十嵐邸」
かつて歯科医院として使われていた旧五十嵐邸に残された当時の道具

合同会社つばめ制作社

本ツアーは、蒲原地区を中心に活動する「合同会社つばめ制作社」が企画・運営を担当しました。同社は、既存の枠組みにとらわれず、新しい仕組みや関係をデザインしながら、まちのまちらしさを活かした可能性を引き出すことを目指して活動しています。

担当の大澤康正さんは、長崎県壱岐島の出身で、蒲原に移り住みました。家族が駄菓子屋をやりたいという夢を持っており、古い町並みが残るこの町を活動の場として選んだといいます。今も駄菓子屋を営みながら、ホステルの運営や空き家の活用などを手がけています。

これまで、空き家を放置しないという意思のもと、独自の方法で物件を開拓してきました。特定の用途や入居者像を想定せず、住居・店舗などの境目を設けずに活用を進めているのが特徴で、アーティストの活用も歓迎しつつも、それを前提としているわけではありません。以前は工務店で働いていた経験を活かし、関わっている物件は自身で手を入れているものもあるといいます。


登録有形文化財「旧五十嵐邸」でのレクチャー

当日は、絵画、写真、デジタル分野、まちあるきイベントの企画者など、多様なジャンルで活動するアーティストやクリエイターが参加し、蒲原地区の物件を巡りました。ツアーに先立ち、登録有形文化財「旧五十嵐邸」を会場に、地域の歴史や文化財に関するレクチャーが行われました。

「NPO法人旧五十嵐邸を考える会」の理事長・片瀬信江さんからは、旧五十嵐邸や宿場町の成り立ちなど、蒲原の歴史が丁寧に紹介されました。中でも印象的だったのは、蒲原のメインの通りが江戸末期と大正末期の二度にわたって移動したという話です。道が移るたびに、かつてのメイン通り沿いの建物は人通りから切り離され、再開発や建て替えの波にさらされることなく、古い家が手つかずのまま残ることになったといいます。同会は25年前から活動を続けており、空き家となっていた五十嵐邸を地域の人々が協力して整備してきた経緯も持ちます。

静岡市歴史文化課からは、静岡市歴史文化課からは、文化財は地域の共有財産としての側面を持つ一方、それを維持するコミュニティが弱体化していることが課題であり、持ち主や行政だけでなく社会全体で関わっていけると良いという話が共有されました。

大澤さんからは、空き家が増えること自体は仕方ないが、放置しないことが重要だという考えが語られました。また、一般的な賃貸物件と比べて家賃を抑えやすい空き家は、様々なことに挑戦しやすい環境を生みやすく、若い世代がチャレンジできる場を増やしたいという思いも話されました。

レクチャーの様子

アーティスト・クリエイターと空き家のマッチング

レクチャーの後、蒲原地区を歩きながら複数の物件を見学しました。道の移動の話を頭に入れて歩くと、街並みの見え方が変わります。旧東海道沿いには、ジャムを販売するお店や和カフェ、住居の前でみかんを売るお宅など、古い家がそのままの姿で使われている光景が続いていました。

ツアー中の様子

大澤さんが運営するホステル「BACKPACKERS HOSTEL 燕之宿」にも、築200年の醤油蔵をリノベーションしたコミュニティスペースがあります。旧東海道沿いに残る古い建物の一つで、中に入ると、参加者からは「歴史が感じられ雰囲気がとても良い」という声が上がりました。

旧東海道を離れ、次に向かった旧江沢自転車店は、入口から続くコンクリート土間の広い空間が特徴の物件です。途中に引き戸があるため、前面を展示スペースとして使いながら、季節によってはオープンアトリエとして開くといった使い方も想像できるという声がありました。奥に進むと2階や地下室への階段があり、想像以上の広さがあります。土間から地下、2階へと空間が広がっていくことから、複数人での展示や部屋ごとに印象を変える展示の可能性も話題にあがりました。

続いて見学した旧金物屋は、1階の細長いスペースが印象的で、絵画など平面作品の展示場所として活かせそうだという話が上がりました。上階は階段が急なこともあり、展示場所としては主に1階の活用が現実的といえます。

醤油蔵をリノベーションしたコミュニティスペース
旧江沢自転車店
旧金物屋

交流会による意見交換

見学後の交流会では、参加したアーティストや地域の関係者が、物件や自身の活動について意見を交わしました。参加者からは、現在蒲原地区で活動スペースを探しているという話や、地域の人と関われるような開けたスペースを作りたいという意見が挙がりました。まちあるきのイベントを主催しているという参加者からは、物件だけでなく、まちあるきの参考にもなったという感想も寄せられました。

また、片付けが進んでいない物件や、元店舗のような空間をもっと多く見たかったという要望も出ました。片付けが進んでいない物件は賃料を抑えられたり、残置物を制作に活用できたりする可能性があります。そして、元店舗のような広い空間は、大型の作品を制作したいアーティストにとって魅力的な選択肢になりうることが分かりました。

交流会の様子

ツアー後に大澤さんにヒアリングを行ったところ、物件の種類を限定せず、残置物が残った状態でも紹介するというスタンスは、アーティストのために設計されたものではないにもかかわらず、結果としてそうしたニーズと重なっていることがわかりました。空間を自分の活動に合わせて読み替えたいアーティストにとって、用途や状態を問わない貸し出し方が、むしろ活動しやすい環境につながっているように感じました。

文化財を守ろうとする人々の活動と、用途を問わず空き家を活用しようとする取り組みが重なるこの町で、アーティストが活動できる余地が静かに広がっているように思えました。

執筆:細道航(gallery kankō

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