COLUMN

いっぷく

文化やアートをめぐるさまざまなこと。
アーツカウンシルしずおかの目線で切り取って、お届けします。

vol.64

風が吹けば桶屋が儲かる

(チーフプログラム・ディレクター 櫛野展正)

鹿児島県甑島列島で開催される「KOSHIKI ART PROJECT」は、甑島出身のアーティスト・平嶺林太郎さんが発起人となり、2004年から始まった地域型芸術祭として知られている。

アーティストが滞在し、作品制作などを行うアーティスト・イン・レジデンス(AIR)の形式をとっているが、祖父である平嶺時彦さんは、次々と来島するアーティストの独創的な作品に刺激を受け、一念発起。

若いアーティストがブルーシートやボンドを使って作品を制作する姿を見て、身近なものでも素材になることを学んだ。

80歳を過ぎてから、年間100作品を生み出すハイスピードで次々に制作を続け、2008年からは毎年自身の作品を出展するようになり、島内にギャラリーも開設。

まさに「超老芸術」のひとりなのだが、100歳になる現在は施設でお元気に暮らされているという。


アーツカウンシルしずおかでは、「みんなが表現者」を掲げ、こうした地域住民が創造性を発揮できるようなアートプロジェクトが推進されることを目指している。

アートプロジェクトとは、アーティストが中心となって地域の人たちなどと共に廃校や古民家、廃工場など社会のさまざまな場所で、制作・実施するもので、2000年以降日本各地に広がるようになった。

地域活性化や地域再生など多様なアートプロジェクトの効果が報じられている一方で、鷲田めるろさんが金沢の事例を例に指摘したように、市民参加を促すアートプロジェクトには「都市の関わり」「地域」「NPO法人」「ワークショップ」「子供」といったキーワードが共有され、その代表的アーティストの名が固定されるなど、アートプロジェクトには暴力性の問題も有していることは否めない。

こうした動きのなか、静岡県富士市の吉原商店街では、吉原中央カルチャーセンターによる世にも珍しいアートプロジェクトが展開されている。

アーティストが商店街に滞在し作品制作を行うというAIRの形をとっているのだが、吉原中央カルチャーセンターが主役にしているのは、アーティストではなく、この地で事業を営む商店街の店主たちだ。

4人のアーティストと個性的な店主たちがタッグを組んだ2023年度の事業「HELLO YOSHIWARA 〜吉原商店街に出会おう!〜」では、街歩きツアーやトーク、展示などさまざまなイベントが開催された。

僕が参加した街歩きツアーは、アーティストも参加者のひとりとなって、2人の店主が商店街を案内してくれる日だった。

「街歩きツアー」と聞いて連想するのは、商店街の歴史紹介やおすすめスポットの案内などだろう。

でも、全く違った。

スパイス料理・焼き菓子店「色男とチャイコ」の店主・色男さんは、シャッターの閉まった店舗前などに立ち止まり、1996年・2000年・2005年の3期に分けて自身の個人史を語り出したのだ。

1983年生まれの色男さんにとって、13歳だった1996年は、何かを購入するとき、この商店街をいつも利用していたという。

この店でお菓子の量り売りで失敗してしまったとか、この傘店では壊れたときに直してくれた、この学生服店ではヤンキーに憧れて学ランの裏ボタンを付け替えた、そして吉原商店街にも空前の「たまごっちブーム」がやってきたなどの話を流暢に教えてくれた。

2000年、17歳だったときは、商店街の一角で缶ジュースを購入したことを機に店舗型風俗店の存在を知ったという。

2005年、22歳のときには、居酒屋やショットバーで飲んだ後に女の子に壁ドンをして勝負をかけた淡い思い出の場所など、商店街を巡りながらディープな個人史が紐解かれるツアーとなった。

もうひとつの街歩きは、セレクトショップ「FOX」店主の小林雅章さんによるもので、こちらは店主の好きな路地裏の景色を一緒に巡る形で行われた。

ここから見える景色が良いでしょ」など、店主だけが知るニッチな光景の紹介が行われたが、偶然にも色男さんが壁ドンをした路地が小林さんのおすすめ場所になっていたこともあり、人によって、ある場所の思い出が異なっているという面白さを参加者は感じていたように思う。

実質、参加した人の多くが富士市内在住者であり、その後の店主によるトークイベントでは、商店街の事情に詳しい参加者や、「三交代のブルーワーカーの人たちが一日中楽しめるように店舗型風俗店は発展したが、国体などの大型イベントを機に一気に浄化された」と吉原における平成風俗史を語る参加者など、通常の観光案内では出ない話題が多く語られる場となっていた。

今はもう存在していない看板や人々の気配を感じ取りながら参加者は街を歩いていくのだが、参加者ひとりひとりが商店街を歩きながらも、自分が同じ時代にどう過ごしていたかを感じながら、それぞれの「故郷」の街を頭の中で想像していたのだろう。

吉原商店街は、シャッターが閉じたままの店舗も多いが、現存する昔ながらの店舗と30〜40代の店主による新店舗が混在する場所となっており、単なる商店街の歴史ではなく個人史を基点に語られる商店街の歴史を視点としたアートプロジェクトは、とても斬新で新しい。


続く、今年1月には成果展として展覧会が開催された。

西川卯一(富士山専門ギフトショップ東海道富士店主)×三木麻郁(アーティスト)

アーティストの三木麻郁さんは2022年夏から冬にかけて3度に渡り富士エリアで滞在リサーチを行い、西川卯一さんが主催するツアーにも参加。その後は、西川さんも参加する山伏の修行に同行するなど交流を深めてきた。

本作は、三木さんが西川さんのツアーで見聞きした事物が布に転写され、その上に西川さんから提供された縄上溶岩と、富士山の湧水で作られた氷が並べられ、富士山の湧き水が市町を流れる川につながっていくことを展示によって表現していた。

小林雅章(セレクトショップFOX店主) ×郡司淳史(アーティスト)

街歩きツアーの中で自分が好みの商店街の景色を紹介していた小林さんは、自らのアイデアで、自身が撮影した写真を元にしたコーディネートの展示を実現。また、小林さんは膨大な量の投稿をInstagramにアップし続けているが、起業塾を経営している郡司さんはそれらを「表現」として展示しており、今後の経営をどうすれば良いかが展示として図示されていた。

千文(創作酒肴 雪月花店主) ×安藤智博(アーティスト)

昭和50年代の賑やかな吉原商店街で幼少期から青春時代を過ごした千文さんは、街歩きツアーの際に店内のお客さんから4ヶ月かけて集めた情報をもとにした手描き地図を持参した。

今回は来場者の手によって、地図に情報が付加され、完成していく形となっていた。

千文さんが緊張しながらも当時の様子を語るインタビュー映像のモニター裏面からは普段の千文さんの音声が流れており、記憶というものがいかに淡く儚いものであることの暗示としての展示が行われていた。

色男(色男とチャイコ店主) ×Nozomilkyway(アーティスト)

アーティストのNozomilkywayさんは、色男さんがつくった街歩きツアーの台本を頼りに、展覧会場を飛び出して商店街へと作品を展開。

色男さんの話を元にした作品が思いもよらぬ場所へ展示されており、来場者を商店街へと誘う仕掛けとなっていた。

本事業を機に、色男さんは街歩きツアーのために作った台本を1万字余りの短編小説へとブラッシュアップ。

展覧会場にはその一部が展示されていた。

こうした取り組みが素晴らしいのは、アーティストの存在が各店主の創造性を刺激し、誘発していたことにある。「表現したい」という内なる衝動がマグマのようにぐつぐつと湧き上がっていき、それが噴火する引き金となったのだ。

小林さんは、展覧会の会期中、自らが撮影した写真とそれをもとにしたコーディネートを自主的に展示替えしていたし、千文さんはその後も自主的に参加者とシェアすることができる地図制作を続けた。

そして、色男さんに至っては、本事業を機に執筆した1万字を超える短編小説をラジオドラマにすることを夢見るようになった。

それを吉原中央カルチャーセンターは本気で叶えていこうとしていて、しかも今年度のメイン事業に据えているのだから、本当にどうかしている笑。

吉原中央カルチャーセンターが巻き起こした企みは、いまは小さな風かもしれないけれど、周囲にさざ波が広がるように、今後さまざまな人を巻き込んでいくことだろう。

吉原中央カルチャーセンター共同代表のひとり、田村逸兵さんは、なぜか富士市内の公衆電話の写真を趣味で撮り続けていることを告白してくれた。

ここにも一番身近で影響を受けている「表現者」がいるようだ。

僕は思わず、にやりとしてしまう。


【参考文献】

鷲田めるろ「アートプロジェクトの政治学:「参加」とファシズム」『展示の政治学』,水声社,2009,237-253頁

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