COLUMN

いっぷく

文化やアートをめぐるさまざまなこと。
アーツカウンシルしずおかの目線で切り取って、お届けします。

vol.13

美味しさのシェア

(チーフプログラム・ディレクター 櫛野展正)

美味しい料理

「食材の宝庫」と言われるほど、山の幸から海の幸まで豊かな食材を有する静岡県。

広島から静岡へ移住してすぐ、県内で好みの飲食店ができた。

その店に決まったメニューはなく、季節や天候で日々仕入れの変わる食材を掛け合わせて、いつも驚くような独創性のあふれる創作料理を提供してくれる。

着席してから退店するまで、一体どんな食材が料理として現れてくるのか毎回楽しみで仕方がない。

考えてみれば、料理とは食べる人が存在して初めて成立するものだ。

どんなに手間暇をかけてつくった料理でも、食べたあとは跡形もなく消え去ってしまう。

美術作品と違って、料理は恒久的に保持され続けることなんてないけれど、空っぽになった皿を見て、つくり手の心は満たされる。

そうした意味では、料理とは「滅びの美学」と言っても良いのかも知れない。


台所研究家・中村 優

ここに『ばあちゃんの幸せレシピ』という本がある。

台所研究家」の肩書を持つ中村優(なかむら・ゆう)さんが3年をかけて世界15ヶ国で100人以上のおばあちゃんと出会い、人生のエピソードを聞きながら、それぞれのおばあちゃんたちの独創的な料理に触れていくという心の動きが綴られている。

この本で記されているのは、ひとりひとりのおばあちゃんたちが紡ぐ日々の丁寧な暮らしの姿だ。

おばあちゃんたちの家庭料理は、フォトジェニックとは程遠いかも知れないが、手間暇をかけてつくられた一品は、その地域でしか味わうことのできない魅力が詰まっている。

そんな中村さんは、今年の「原泉アートデイズ!」で滞在アーティストのひとりとして招聘された。


アーティスト・イン・レジデンス

「原泉アートデイズ!」とは、静岡県西部に位置する掛川市北部で開催されている現代アートイベントの総称で、国内外からアーティストが一定期間滞在し、リサーチ活動や作品制作を行う「アーティスト・イン・レジデンス」(以下、AIR)を事業の柱としている。

「大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ」や「瀬戸内国際芸術祭」の成功により、地域を舞台に地方創生や地域再生を目指して、2010年以降に全国各地で芸術祭が開催されるようになった。

各地で芸術祭が林立するいっぽうで、とくに静岡県内ではAIRを主軸にしたものは少ない。

その理由として考えられることは、通常の芸術祭などとは異なり、AIRにおけるアーティストの滞在は作品の制作や発表を主眼においていないため、対外的には成果が目に見えにくい点が挙げられる。

アーティストは滞在中にトークイベントやスタジオを公開するなどして、自らの活動を地域に開いていくことが求められるわけだが、地域住民とアーティストを仲介する役として主催者の力量がAIRには強く求められる。

展覧会を企画したり作品を展示したりする以上の能力が必要になってくるわけだ。

またAIRの魅力のひとつに、アーティストの制作と生活が直結している点がある。

本来ならば、最終的には展示という形でしか見ることのできないアーティストの作品制作や思考の過程が、AIRでは追体験することができる。

同時期に複数のアーティストが滞在していれば、お互いが刺激しあって新しい発想が生まれる現場に立ち会うことができる可能性だってあるかも知れない。

そもそも表現とは、日常生活に付随したものであり、僕らが普段目にする「作品」と呼ばれるものは、その一部を切り取ったものに過ぎないということに気づくことができるだろう。

魅力の多いAIRだが、ただアーティストの滞在場所やアトリエを準備すれば良いというものではない。

「原泉アートデイズ!」を毎年企画し続けている羽鳥祐子(はとり・ゆうこ)さんは、「AIRに必要なのは、ホスピタリティや交流です」と語る。


食事を共にすること

そのために、羽鳥さんが重視しているのは「食」の環境を整えることだ。

「原泉アートデイズ!」では、初回から新しいアーティストが滞在を始めると皆が集まり歓迎会を開いていたという。

さらに昨年からは、全てのアーティストが揃って昼食と夕食を食べることができる機会を意図的に設けるようにしている。

多いときで10数名分の昼食と夕食を毎回ひとりでつくっているというから、羽鳥さんのアーティストへの深い敬意には頭が下がる思いだ。

食事時にアーティストが顔を合わせることで相互の交流が促され、自然と良好な関係を築くことができているのだという。

日本では「同じ釜の飯を食う」「杯を交わす」など、食のつながりをきっかけとして関係を深める言葉が多く存在している。

近年は新型コロナウイルスの感染拡大により、「孤食」や「個食」が進み、誰かと食卓を囲むという光景は激減してしまった。

そうした中でもオンライン飲み会やバーチャル会食の流行に見られるように、僕らは食を通じて他者と繋がっていたいという潜在的な願望を秘めている。

歴史を遡れば、洞窟壁画に描かれていたのは、皆と行う狩猟の光景だったし、ダビンチの『最後の晩餐』で描かれているのは食卓を囲った風景だった。

誰かと食事を共有するという体験は、いつの時代も思い出の味となって僕らの胸に刻まれている。

アーティストにとっても、食事を共にすることが身体性を通じた関係性の継続となって、また「原泉」へ戻ってくる要因となっているに違いない。


原泉アートデイズ! 2021 〜相互作用〜

2021年10月14日(木)〜11月28日(日) 10:00〜16:00

※月・火・水は休み

https://haraizumiart.com/

ページの先頭へ