文化やアートをめぐるさまざまなこと。
アーツカウンシルしずおかの目線で切り取って、お届けします。
いっぷく
vol.25
手のひらでつくる街
(チーフプログラム・ディレクター 櫛野展正)
吉野杉の木くずを混ぜた特性粘土を使ってつくりこまれた子どもと老人の姿。
窓から注ぐ光が人形の影を伸ばしている。
ほかにもコタツで団欒を楽しむ家族やウクレレを弾く老人の姿など、あちこちに並べられた人形たちが、それぞれ豊かな表情を見せている。
これらは、人形作家として活躍する岡本道康さんの作品で、静岡県浜松市浜北区小松地区にある明治8年創業の醤油蔵「明治屋醤油」の一角に展示されていた。
この日は岡本道康さんを講師に迎え、この明治屋醤油を舞台に『森のねんどワークショップ〜明治のまちづくり編〜』が小松つながり醸造所の主催で開催された。
新型コロナウイルスの感染拡大を受けて、年度当初に予定していた食育ワークショップなどは、敢えなく中止。
本イベントも感染状況によっては開催が危ぶまれていたが、何とか実施することができた。
明治屋醤油の店舗には、一枚の手ぬぐいが額装されている。
「小松商店連盟」と題された古地図には、明治40年代の小松地区の街並みが描かれており、小学校やうどん屋、米屋に銀行など、多様な店舗の有り様から、この小松地区がずいぶんと賑わいのあった街だったことが想起される。
そして地図の周囲には、地域住民による「小松音頭」の歌詞が4番まで添えられている。
音頭ができているなんて、なんて結束力の強い、そして人々に愛された地域なのだろうか。
午前・午後と総勢20名近くの参加者は、岡本さんの指導のもとで、この小松地区の1丁目から12丁目までを、当時の写真や資料などをもとに粘土で再現していった。
明治屋醤油の近隣に暮らす子どもは、まさに自身が通う小学校のルーツとなる100年前の小学校を熱心につくっていた。
この企画が優れている点は、空想ではなく、手を動かして実際に存在していた街を制作することにある。
「油屋があるってことは、当時は電気が通っていなかったんですね」
「ほら、芝居小屋まであるよ」
当時の地図を見て、そこかしこから声が聞こえてくる。
参加者の手により、次々と当時の建物が創作されていったが、全てのパーツがはめ込まれ、街の全貌が姿を現したとき、思わず歓声が上がった。
きっと参加した人には、建物だけでなく当時の人々の暮らしの姿がそこに見えていたことだろう。
ここから岡本さんがさらに微調整を加えて完成する小松の街は、年明け2月に再びこの明治屋醤油に戻ってくるようだ。
ジオラマのような明治40年代の小松の街を俯瞰で眺めていると、特徴的な黒壁の建物や天高く伸びる煙突など、改めてこの明治屋醤油という醤油蔵が地域のシンボル的な存在だったことがよく分かる。
しかし、当然のことながら、こうした遺産と呼ばれるものがあるということは、その背後に気づかれることなく消えていったものがあるということだ。
参加者は、手のひらサイズの家々を指先を使って制作していくことにより、一人ひとりが暮らす「自分の街」に思いを巡らせることができたのではないだろうか。
必ずしも観光地として意識されていない、ごく普通の街並みだけれど、そこにあるがゆえに普段見落としていたり、あるいは目にしていても通り過ぎてしまっていたりするような景観が、どの地域にも存在している。
世代を追うごとに、自分たちがどんな風土に生まれ育ってきたのかという土地の記憶や感覚が薄らいでいる現代において、このワークショップが果たす意義はとても大きなものがある。
街は誰のものでもない、僕らでつくるものなのだから。
小松つながり醸造所
明治8年創業の醤油醸造所の「歴史」と「今」をつなぐ本を作りたい!
https://camp-fire.jp/projects/view/499071