COLUMN

いっぷく

文化やアートをめぐるさまざまなこと。
アーツカウンシルしずおかの目線で切り取って、お届けします。

vol.50

想いを馳せる場所

(チーフプログラム・ディレクター 櫛野展正)

沼津市内の任意団体「こころのまま」主催となる最後の絵画制作イベントが、静岡県総合コンベンション施設「プラサ ヴェルデ」のホールで開催された。

始まる前に、「これ全部、めいちゃんから届いたものなんです」と見せて頂いた封筒の束に驚愕した。

封筒の中には、さらにセロハンテープで頑丈に固められた封筒が入っている。

最も厚い部分で、5センチはあるだろうか。

外側にシール等を貼った上からセロハンテープが幾重にも重ねられ、封印された塊になったあと、日々大切な誰かに向けて郵送しているそうだ。

めいちゃんのお母さんに伺うと、YouTubeを見ながら行っている彼女の儀式的行為で、数時間でひとつの塊をつくってしまうため、家では多量にセロハンテープをストックしているのだという。

興味深いのは、この作品とも言えない「何か」に価値を感じ、こうして大切に保管しておく他者がいるということだ。

言い換えると、それは誰かに想いを馳せるということなのだろう。

振り返ってみると、この全5回の絵画制作ワークショップは、こうした誰かに思いを馳せることを育む場所だった気がしてならない。


集団の中へ入ることが難しかっためいちゃんは、終始会場の中で過ごすことができるようになり、高校生と一緒に机を並べて黙々と創作している姿を目にすることができた。

集合写真を撮るときに、輪の中に加わることができたときは、不覚にも思わず目頭が熱くなってしまった。

いつの間にか、晃太朗くんは下の名前で呼んでくれるようになり、幹大くん安寿ちゃんにも顔を覚えてもらうことができた。

電車に乗るときは、電車好きの晃太朗くんの顔を思い出してしまうし、CMでアイドルを目にすれば、アイドル好きな帆海ちゃんのことを思い浮かべてしまう。

これが想いを馳せるということなのだろう。

色員さん」と呼ばれる障害のあるメンバーの中には、ひとりで公共交通機関を乗り継いで職場実習に出掛けている人もいるという。

今後社会へ巣立っていく中で、ひとりでは対処できないトラブルに巻き込まれることがあるかも知れない。

そんなときに、すっと手を差し伸べることができるのは、顔見知りの存在なのだろう。

このワークショップは、障害のある人の周囲にそんな「仲間」を増やすことを繰り返してきたのだ。

静岡県立田方農業高等学校の先生にお話を伺うと、ボランティアとして関わってくれているライフデザイン科セラピーコースの生徒たちは、他の老人施設や保育園等へのボランティアに比べて、本ワークショップへのリピート率が圧倒的に高いのだという。

それは、子どもやお年寄りの方ではなく、同世代同士の交流という点が大きな要因になっている。

周囲の大人たちの心配など他所に、高校生たちの自然なサポートは素晴らしいものだった。

好きなアイドルやアニメなどについて話したり、最後は「また会おうね」とお互い涙ぐんだりする場面は、同じ年齢を重ねてきた者同士にしか分かり合えない絆のようなものを感じてしまう。

そこには障害の有無など関係ないのだろう。

今回は、初めて色員さん以外の障害のあるメンバーも複数名参加していたし、ボランティアとして手を挙げてくれた方や企業の方も見学に来てくれるなど、団体の活動が認知され、広がっている様子を体感することができた。


近年、企業の中にダイバーシティ推進室が設置されたり、社員の多様性理解のために、さまざまな研修プログラムが実施されたりする動きが加速している。

しかしそうした意味では、障害のあるメンバーとの交流やフィードバックの場がある本ワークショップこそ、優れたダイバーシティ研修となり得る可能性を秘めているように感じる。

今年度でこのワークショップは一区切りとなるが、次年度以降もこの活動が継続することを僕は願ってやまない。


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