COLUMN

いっぷく

文化やアートをめぐるさまざまなこと。
アーツカウンシルしずおかの目線で切り取って、お届けします。

vol.72

クリエイティブ人材派遣制度の活用実績

(プログラム・ディレクター 鈴木一郎太)

 「ロジカル思考」「デザイン思考」に続いて、近年では「アート思考」という言葉も聞かれるようになり、物事の捉え方・考え方に対する意識にも変化があるようです。特に「アート思考」については0から1を生み出すことへの期待と見ることができ、先行き不透明な社会情勢を受けた新規事業立ち上げ、新分野進出、協業が活発化しているビジネス分野の動向が反映されたものだと言えます。

 アーツカウンシルしずおかでは、アーティストをはじめとするクリエイティブ人材の視点や思考、発想が、新たな挑戦を志す活動において有益であるという考えの下、様々な分野における文化芸術の関わりを促進する事業を展開しています。その中で、企業活動や自治体運営におけるクリエイティブ人材の関わりを期待し、出会いの機会を提供するため、令和4年度に「クリエイティブ人材派遣制度」を設けました。これまで利用があった中から、派遣されたクリエイティブ人材との対話を経て、その後の展開が生まれる例も出てきましたので、ここでご紹介させていただきます。


株式会社中島屋ホテルズ

 1916年(大正5年)に創業し、県中部を中心にホテルや飲食業を行う株式会社中島屋ホテルズ(代表取締役社長:鈴木健太郎)は、ローカルにこだわった経営を展開しています。

 鈴木社長から相談窓口にてお話を伺ったことをきっかけに「クリエイティブ人材派遣制度」を使って、A)伝統工芸技術の活用に関する意見交換と、B)アーティストを講師に迎えた幹部社員向けの研修プログラムを実施しました。


A)伝統工芸技術に関する意見交換

 伝統工芸技術をローカルの象徴と捉え、ホテル客室の装飾に取り入れたりもしていましたが、本制度を利用してクリエイティブ人材の視点を取り入れ、更なる活用を探りました。事前のヒアリングを通じて狙いや考え方をお聞きし、アーツカウンシルしずおか(以下、ArtS)から派遣候補となるクリエイティブ人材を提示。今回はプロダクトデザインを専門として浜松市を拠点に活動するUO(ウオ)との意見交換を実施しました。

鈴木社長(右手前)、久野支配人(右奥)と意見を交わすUO(左手前2名)

 駿河竹千筋細工、駿河和染、木工指物、静岡挽物の工房訪問を通じて工芸技術に関する知見を得ながら、ホテルの経営方針なども含め、話し合いを重ねました。ちょうどホテルの大規模な改修計画が進行していたタイミングだったこともあり、意見交換を経て、ロビーやフロントに設置するオブジェの製作へと話が発展し、最終的にロビー、フロント、ファサードの3ヶ所に設置されました。

 ビジネスホテルの側面もある中島屋グランドホテルは、地元企業の発展とともに歩みを進めてきました。多くの地元企業と同じく、同社も挑戦することを大切に捉える姿勢があることや、ホテルが人の行き交う場所であること等から着想を得て、UOが異なる伝統工芸技術を融合させるデザインを作り上げました。

 UOのお二人には、社長や支配人と意見交換するだけでなく、B)の職員研修にも参加し、職員のみなさんの考えやチームの雰囲気などの理解を深めていただくようプログラムを仕立てました。

派遣したクリエイティブ人材:UO(ウオ) https://uo-design.jp/


B)職員研修

 「最強のローカルホテル」を目指す同社は、社員それぞれが自分なりに「ローカル」を考え、仕事の中で表現してほしいという意向を持っていました。狭くなってしまいがちな思考を広げることを目的とし、アーティストのEAT & ART TAROさんと、アートプロデューサーの橋本誠さんを講師に迎えた全3回の研修を幹部職員向けに実施しました。

 TAROさんは、食をテーマに活動するアーティストで、各地の芸術祭にも数多く参加しています。その作品のひとつである「食通」を取り上げ、TAROさんと交流のある八戸美術館の協力を得て展開させました。

 「食通」は文通のように郵便や宅配を使ってコミュニケーションを楽しむものですが、手紙の代わりに食べ物を送り合うという点に特徴があります。今回は4つのグループにわかれ、それぞれで八戸美術館へ送る食べ物を決めていきました。地域の特産物がまっさきに頭に浮かびますが、次第に参加者の個人的なエピソードを交えたアイデアも出てきました。選んだ理由が個人的であればあるほど、固有のエピソードの影響が見え隠れし、よく知られた特産物とのちがいが見えてきます。

 八戸側ではイベントを仕立てて受け入れをしてくれ、静岡からの食べ物材が届いたのち、イベント参加者が選んだ八戸ローカルの食べ物が静岡に返送されました。このプログラムは、何往復か繰り返すことで思考に幅が生まれ、コミュニケーションが活発化されるタイプのもので、今回1往復だけだった点は残念でしたが、それでも「ローカル」に向きあう際の発想が柔軟になった、人も含めて「ローカル」を考えられた等の声が聞かれました。

派遣したクリエイティブ人材:

EAT & AT TARO(アーティスト)https://eat-art.info/

橋本誠(アートプロデューサー)https://uno-editors.jp/member/

高橋麻衣(八戸市立美術館学芸員)https://hachinohe-art-museum.jp/


C)その他

 会場となった静岡市でまちづくりに関わる活動をするシズオカオーケストラの井上泉さんには、A)、B)双方のプログラムに帯同していただき、情報の補足など、参加されるみなさんの地元である静岡に絡めて思考を展開するサポートをしていただきました。

 井上さんが地域の日常に向ける視線や、地域内のネットワークは、「ローカル」に目を向ける中島屋ホテルズにとって価値のあるものであり、派遣とは別で、職員研修要素も含んだコンテンツ更新型のローカルマップコーナーの制作へと展開しました。

派遣したクリエイティブ人材:

井上泉(シズオカオーケスト代表)https://shizuoka-orchestra.com/


ふじのくにに住みかえる推進本部

 静岡県への移住促進を推進するふじのくにに住みかえる推進本部は、首都圏で毎年「静岡まるごと移住フェア」を開催しています。会場では、移住を視野に入れた来場者も多くいる一方、なんとなく移住に関心を持っている来場者も一定数いるということで、そうした漠然層とのコミュニケーション促進を図りたいという相談を受け、当制度の活用に至りました。

 時間があまりなかったため、事前のヒアリングにおいてある程度アウトプットの形を絞った上で、派遣候補者を提示しました。イベント会場での人の動きに変化を生む目的がある点と、事務局に蓄積された知見やアイデアを活用して計画をまとめたいという意向がある点において、一般の方とのワークショップ経験が豊富な演劇に関わる人が向いているだろうと考え、演劇家の柏木陽さんにお願いしました。

事務局のみなさんと話す柏木陽さん(右)

 事務局から出ていた、YES/NO診断のようなものに落とし込みたいというアイデアを受け話し合いを展開しました。最終的に、答えにたどり着かないYES/NO診断の設問や、その運用方法をとりまとめました。答えにたどり着けてしまうと、来場者自身の中で完結することができてしまうため、会話や声掛けのきっかけとなるように敢えて答えは用意せず、「?」が生まれる形となりました。設問には、静岡に関連する物事が散りばめられており、会話のきっかけになりやすい作りとなっています。

 こうしてシートに出力された「あなたのしずおか度チェック」は、実際にイベント会場で使用され、無言で始めた方に戸惑いが生まれる瞬間を見計らって声かけをするなどして、スタッフの方々がコミュニケーションを図っていました。また、子連れで来場されるご家族が、子どもの遊び場として使うなどする姿も見られ、ご家族連れと会話を始めるきっかけにもなっていました。

派遣したクリエイティブ人材:柏木陽(演劇家、特定非営利活動法人演劇百貨店代表)https://engeki100.net/


 クリエイティブ人材派遣制度は、概ね以下のような流れで実施します。

・アーツカウンシルしずおかが、取り組みたい内容、目的、時期などをヒアリングし、派遣候補者となるクリエイティブ人材を提案。派遣するクリエイターを定めたのち、規定の申請書を記入して提出。

・取組の実施に係るクリエイティブ人材の報償費と旅費はアーツカウンシルしずおかが、実施後に派遣された本人に直接支払う。

・実施後、所定の報告書様式を記載し提出。

 取組に必要な技術を当てはめるというよりは、目的に向かう道筋を新たに見出すという方が制度活用のイメージに近いため、あまり詳細に内容が決まっていない段階でご検討いただく方が、クリエイティブ人材の発想が生きる可能性が高いと言えます。とはいえ、臨機応変に対応できますので、まずはご相談いただけたらと思います。

クリエイティブ人材派遣制度の詳細については、以下ホームページをご覧ください。

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