COLUMN

いっぷく

文化やアートをめぐるさまざまなこと。
アーツカウンシルしずおかの目線で切り取って、お届けします。

vol.75

「文化芸術による地域振興プログラム」のゴールは何か

太下義之

 アーツカウンシルしずおかは、地方自治体が設立した、いわゆる「地域版アーツカウンシル」の一つであるが、全国のアーツカウンシルの中でも特に異彩を放っているように思う。それは、「すべての県民がつくり手」となることを目標として掲げている点に象徴されるのではないか。そして、その目標に最も親和性が高いのが、公募による助成「文化芸術による地域振興プログラム」であろう。

 このプログラムに採択された事業には、市民(県民)が主体となって企画・運営し、それぞれの地域の魅力を引き出して、コミュニティの再構築を目指そうというアートプロジェクトが集まっている。2024年度には計29団体が採択されているが、それらが一堂に会する様は、まさに「カオス」である。もちろん、ポジティブな意味での「カオス」ということであるが。

 全部のプロジェクトについて触れることはできないが、たとえば、「熱海を怪獣の聖地に」をキャッチフレーズとした「熱海怪獣映画祭」、路地裏をセルフビルドしている「イナトリアートセンター計画」、オルタナティブな自治会を再構築しようとしている「クリエイティブサポートレッツ」、刑務所の収容者が生活している部屋をギャラリーにする「三畳画廊」、駅前再開発によって失われる街の面影を「街の葬式」と位置付ける「富士の山ビエンナーレ」、伝統芸能の「しゃぎり」の新しい継承モデルを模索する「しゃぎりフェスティバル」などなど。このようにユニークなプロジェクトが同時多発で展開しているとは、静岡県恐るべし、である。

 一方で、個々のプロジェクトはとてもユニークなものであるが、全体としての光景には既視感があると感じた。それは、アーツカウンシル長である加藤種男氏が企画・推進したアサヒ・アート・フェスティバル(以下、AAF)である。AAFは全国のアートNPOや市民グループをつなげたアートプロジェクトで、アサヒビール株式会社の特別協賛、アサヒビール芸術文化財団(現:アサヒグループ財団)の助成によって、2002年から2016年まで15年にわたり展開された。

 AAFでは毎年、ネットワーク会議と交流会が開催されていた。この光景が「文化芸術による地域振興プログラム」の成果報告会と私の脳内で二重写しになるのである。

AAFでは、採択されたプロジェクト同士がジャンルを超えて互いに活性化し、さらにネットワークを生成して自己組織化していき、そのネットワークから様々なプロジェクトが自然発生的に生まれていった点が最大のレガシーであったと評価できる。

また、いわゆるプロのアーティストが完成させた作品を鑑賞する場(展覧会やコンサート)への協賛が中心であった従来のメセナとは異なり、AAFでは作品が生まれるプロセス(コミュニケーション、イベント)を重視していたが、この点もアーツカウンシルしずおかの「文化芸術による地域振興プログラム」と共通する。今日においても、AAFを「卒業」したNPOの活躍など、そのレガシーを全国各地で見出すことができる。

 このようにAAFの実績を振り返ると、「文化芸術による地域振興プログラム」においても、成果報告会等の場を通じて団体同士が双方向の交流を展開していき、そこから新しい取り組みが生まれてくることが期待される。そして、けっして遠くない将来において、アーツカウンシルのような中間支援組織が不要になることが、そのゴールに位置付けられるのかもしれない。「文化芸術による地域振興プログラム」のカオスの中から、そんな妄想も浮かんでくるのである。

アーツカウンシルしずおか 2024年度「文化芸術による地域振興プログラム」成果報告会

【日時】2025年2月9日(日)13:00~17:00

【会場】アクトシティ浜松コングレスセンター31会議室

太下義之

文化政策研究者、同志社大学経済学部教授。博士(芸術学)。文化経済学会<日本>監事、文化政策学会理事、デジタルアーカイブ学会理事。2025年大阪万博アカデミック・アンバサダー、公益社団法人全国公立文化施設協会アドバイザー。静岡県文化政策審議会委員、アーツカウンシルしずおかカウンシルボード議長、愛知県県民文化局アドバイザー、鶴岡市食文化創造都市アドバイザー、など文化政策関連の委員を多数兼務。2023年、文化庁長官表彰。単著『アーツカウンシル』(水曜社)。

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