文化やアートをめぐるさまざまなこと。
アーツカウンシルしずおかの目線で切り取って、お届けします。
いっぷく

vol.86
企画のはざまにあるもの
(古谷晃一郎)
プロローグ
「妊娠七カ月になる私の姉は、生まれてくる子に『トイレに行って紙を使うとき、一度ツルを折ってから使うのよ』と教えるつもりらしいのです。『この世の中で思いこみほどおもしろいものはない。この子にも人様にはなかなか気づかれないような思いこみをさせてあげようと思うの。自分が人と違うことをしていた、とわかったときのおどろきはどんなものかしら』と楽しそうに言います。何と言って思いとどまらせればよいでしょうか。」
《集英社文庫 中島らもの特選明るい悩み相談室 その1 2002年》

この相談内容は、中島らもが毎日新聞で1984年から1995年まで連載していた「明るい悩み相談室」に寄せられた相談のひとつで私がお気に入りの相談だが、なんて狂気じみた相談内容なんだろう。
この後、中島らもはこの刷り込みに対する露呈の機会などを想像しつつ最後は「実にスリリングな子育てのできる、よいアイデアだと、お姉さんに脱帽しました」と綴り、相談者である妹の「悩み」に正面から応じず、世間的には非常識と思われる姉の子育てを褒めている。
投稿者の不安に寄り添う代わりに、姉の狂気を肯定する。その瞬間、相談者の中にあった「常識」や「正しさ」は棚上げされ、別の景色が立ち上がる。
こんな読み手の想像していない角度からの回答を私は毎回楽しみにしていた。
この連載を思い返すたび、相談とは必ずしも「困りごとを解決する行為」ではないのではと思わされる。少なくとも中島らもにとって相談とは、相手を安心させることでも、正しい方向に導くことでもなく、世界の見え方を一度ぐらりと揺らすことだったのではないか。
はじめに

アーツカウンシルしずおかの櫛野さんから「企画に関する連続講座」のご連絡をいただいたときに、今度は富士山が見えるかもしれないと思ったことがこの講座を引き受ける動機(不純な)だった。
それというのも、2024年にアーツカウンシルしずおかの自主事業のひとつ、マイクロ・アート・ワーケーション(通称MAW)に参加し、藤枝市の中山間地域に滞在したときには事あるごとに富士山の姿を探していたのだけれど、曇天続きで富士山を見ることが叶わなかったからだ。
さて、講座の話へと戻る。
私は企画を「設計する専門家」というより、職能としてのアートコーディネーター・文化芸術相談員として講座受講者が企画を作り上げていく経過に伴走して相談しながらみなさんが企画を考えるという講座にしませんかと提案した。
そもそも、私は普段アートコーディネーター、文化芸術相談員、舞台監督という複数の職能をかけ合わせて、文化芸術に関わる活動をしている。
いつも、「アートに関わることをやっているのは知ってるが、実のところわからん」と言われることが多いが、これまでに、大阪府主催で公共空間にアーティストの自由なアイデアをできるだけ実現するためのサポートを行ってきた「おおさかカンヴァス推進事業」や大阪府立江之子島文化芸術創造センター(通称enoco)で社会人大学の企画・運営に携わり、大阪市アーティストサポート窓口[なにそうだん]で文化芸術に関わる相談員をしてきた。合わせて、国内外で実施された様々なアートプロジェクトにも関わってきた。
どの場面でも「企画」が真ん中にあった。企画を検討する際には、脳内企画会議の時間も多かったが、同僚に「こんなことをしたいと考えているんだけど、どう思う?」と相談することの方が多く、相談するたびに企画が前に進む手応えを感じていた。そんな「相談」という機能を真ん中に据えた、企画について考える連続講座「きかくの間(はざま)」を今回企画した。
初回の「きかくの間」〜相談を体験しよう〜
6月の終わり、すでに暑かった初回の静岡。
相談ってどんなことだろう?
相談とは「他者に話すことで、自分の気持ちや考えをまとめる場」と定義し、受講者からあなたの「やりたい」についてと、相談したいことはなんですかという問いを投げた。
みなさんから、
「浜松で活動されているアーティストやクリエーターのことについて知ってもらいたい」
「所蔵しているアフリカンアートでの対話型鑑賞の活動をさらに拡大したい」
「東南アジアの留学生とともに地域の課題である空き家問題を解決したい」
「子どもたちのために絵本を創りたい」
など具体的なやりたいことがある方や、この講座をきっかけとして考えを進めたい方たちがいた。
その後、
私が考えた「相談の5つルール」を共有した後、小グループになってお互いの相談を聞く機会を設けた。
【相談の5つルール】
・聴くと話すは7:3
・相手の話を最後まで聴く
・相槌を積極的に入れる
・相手の話を判断せずに聴き、いったん受け止める
・相手の言葉・考え・気持ちの解像度を上げるための問いかけをする
受講者からは、
「【相談の5つルール】を今後の相談対応に活かしたい、アートを通じて地域活性の企画をつくりたい」
「これまで相談は《ハードルが高い割に得るものが少ない》と感じていた相談への印象が、ポジティブで深い学びのあるものへと変わった。」などのフィードバックがあった。
2回目の「きかくの間」〜公開相談をしてみよう〜
この回は、沼津市を中心に芸術文化に関わる方々をつなぐ活動をされている、ペンギン建築設計室主宰の一級建築士・菊地 悠子さんをゲストにお迎えして、現在進めているプロジェクトのお話と、受講者の公開相談を行った。
菊地さんはアートの専門家でないが、沼津に引っ越したことをきっかけに我が子にアートが日常にある環境を作れればと活動を始められた。
菊地さんが語られた「日常的・持続的にアートの接点をつくりたい。隣人としてのアーティスト」の存在が大切だという言葉が印象的だった。
後半の公開相談の時間で印象的だったのは、受講者からの「悩み」が、決して特別なものではなく、むしろ多くの受講者がどこかで引っかかっている問いと地続きだったことだ。
相談は、当事者一人のためのものではなく、その場にいる全員の思考を少しずつ更新していく行為なのだと、この時間を通じて実感した。
オンラインでの個別相談
講座のご依頼をいただいた時から、しっかりと対話できる個別の相談会を設定したかったので、希望者に企画発表前の機会に一人1時間の相談時間を設定した。
相談に向き合う際、実は一番むずかしいのは「よいアドバイスをしない」ことかもしれない。
私自身、せっかちで、話の途中で「わかったつもり」になることがある。だからこそ、相談の場では、あえて早合点しないこと、最後まで聞くように努めている。
そして、悩んでいる人がいれば、ついつい役に立つことを言いたくなる。経験や前例、成功談を差し出せば、その場は一時的に満足感が漂うことがある。
また、自分の頭に浮かんできた「このアイデアを言いたい!」という欲求との戦いもある。
相談とは、相手の代わりに考えることではなく、相手がまだ見ていない場所に、自分自身で辿り着けるように光を差す行為なのだと思う。その光は強すぎてはいけない。蝋燭くらいぼんやりとした光で事足りる。
3回目の「きかくの間」~企画発表会〜
最終日の企画発表会では希望者5名の方に企画を発表してもらった。
これまでの企画がさらに深まったものや、当初の企画とは様相を変えた発展したものもあり驚きと嬉しさが入り混じることもあった。
また、発表者の皆さんはそれぞれ企画に関わる現物を持って来ていただいたので、より企画意図が伝わり、また、実物に触れる楽しさがそこにはあった。
講座初回の相談で語られていた企画の多くは、「やりたいこと」と「本当にやりたいと思っているのか?」がまだ分かちがたく絡み合った状態だった。「これでいいのだろうか」「自分にできるのだろうか」という雰囲気が、企画の説明のあちこちに滲んでいた。それは決してネガティブなものではなく、むしろ企画に真剣であるからこそ生まれる逡巡だったように思う。
しかし最終回の企画発表では、同じ受講者が語っているはずなのに、語り口が明らかに変わっていた。企画の規模が大きくなったわけでも、完成度が飛躍的に高まったわけでもない。変わったのは、「なぜそれをやりたいのか」が腹落ちしているかどうか、だった。
相談を重ねることで、企画は磨かれるというよりも、何度も語り直され、語り直すたびに手触りが確かなものになっていったように感じた。

雑談↔相談:ざつだんとそうだんのはざま
講座の終了後も、「話し続ける場がほしい」という声が自然と集まった。それは、新しい企画を生み出すためというよりも、考え続けるための場所を手放したくなかった、という感覚に近かったように思う。
企画発表会のあとでゆるりとひらかれた茶話会で生まれていたのは、明確な相談でもなく、ただの雑談でもない、不思議なやりとりだった。近況報告のようでいて、どこか企画につながる話が広がっている。それこそが私の一番見たかった景色だったと気づいた。
茶話会で起きていた雑談と相談を行ったり来たりする縁側のようなはざまにある対話の場の実践として、「雑談↔相談:ざつだんとそうだんのはざま」と名付けたオンラインの場を始めることにした。
雑談と相談を行ったり来たりして曖昧さを大切にするための実験でもある。企画を完成させる場所ではなく、問いを持ち続けるための場所として、これからも形を変えながら続いていくのだと思う。
エピローグ
大学時代、静岡出身の友人が大阪に来ると富士山が見えなく方角がわからなくなるから、壁に富士山の写真を貼っているというエピソードを静岡に行くたび思い出していた。
話を聞いた当時は、へーそんなものなのか、という感じで思っていたけども、静岡に脚を運ぶ機会が重なるとこのエピソードも色濃いものとなった。
結局は「きかくの間」で静岡に通っているときは富士山を見ることができなかった。
しかしその後、講座の会場になっていた、グランシップの東側に周れば抜けのある富士山を見ることができることをアーツカウンシルしずおかのインスタグラムで知った。

「富士山がみたいんだけど」その相談をしなかった自分を悔いた。