文化やアートをめぐるさまざまなこと。
アーツカウンシルしずおかの目線で切り取って、お届けします。
いっぷく

vol.89
アーティスト・クリエイター×空き家マッチングツアー 熱海編 レポート
(アーツカウンシルしずおか)
アーツカウンシルしずおかでは、2023年度より、空き家活用におけるアートやアーティストの可能性を検証するパイロット事業「fresh air」を展開しています。3年目となる2025年度は、空き家ツアーの実施や、アートによる空き家活用ガイドラインの作成に取り組んでいます。
空き家マッチングツアー全4回のうち、第3回は熱海市で行われました。熱海市は海・温泉・山が近接する独自の地形と温暖な気候を持ち、歴史的に観光地として発展してきた街です。近年は再開発も活発で、新築ホテルが相次いで建つ計画があるなど、街の姿は大きく変わりつつあります。 1950年の熱海大火後に再建された建物やリノベーション済みの物件が点在する一方で、活用されていない空き家も多く、市街地の海沿いの土地は高騰して回転も早いのに対し、山側や隣接する南熱海エリアには比較的安価で自由度の高い物件が残っています。


NPO法人atamista
本ツアーは、「NPO法人atamista」の主催で実施されました。同法人は「100年後も豊かな暮らしができるまちをつくる」をミッションに、熱海を拠点として地域再生や文化振興に取り組んでいます。
代表理事の戸井田雄さんは、現代美術作家として様々な地域で活動する中でアートと地域の関係に興味を持ち、アトリエとホステルが一体となった「Atelier&Hostelナギサウラ」の運営のほか、熱海のリノベーションまちづくり事業、アートイベントの企画運営やデザイン業務などを行ってきました。自身もアーティストであり、10年以上にわたって熱海で活動してきた戸井田さんにとって、今回のツアーは単なる物件紹介にとどまらず、熱海でアートに関わりながら活動するとはどういうことかを、実例を通じて伝える場として設計されました。
アーティスト・クリエイターと空き家のマッチング
当日は、絵画、インスタレーション、工芸、演劇、音楽、デジタル分野など、多様なジャンルで活動するアーティストやクリエイターが参加し、熱海市内の空き家などを巡りました。
まず向かったのは、高台に建つ野中山マンションと、隣接する4階建てのビルです。建設当初リゾートマンションとして文化人や映画関係者が住んでいた野中山マンションでは、現在、若手クリエイターによる作品発表や住居利用の場としてのプロジェクトが進んでいます。隣接するビルも含め、「ATAMI ART GRANT 2025」ではメイン会場として活用されました。今回は利用可能な空き物件としての紹介ではなく、空き家活用のイメージを膨らませてもらうため、現在進行形で動いているアートプロジェクトの一例として案内されました。


続いて、市内の旧赤線地帯にある元遊郭をリノベーションした物件も見学しました。かつて「ATAMI ART GRANT」と「GLOUND ATAMI 2025」の会場として使われたこの場所は、現在は夜だけ営業する雑貨屋「ヨルノアタミ」が一画を利用しており、今後はさらに多様な業種の店舗が入る予定もあるとのことです。アートイベントでの活用によって片付けが進み、物件の文化的な価値が地域に伝わったことが、次の借り手へつながった事例として印象的でした。

その後、海沿いにある渚町の物件を見学しました。上野邸は過去に展覧会会場として使用された実績もあり、現在リノベーションが進められており、春からは滞在制作が可能なスペースとなる予定です。梅澤邸も同じ渚町にあり、コンパクトながら使い勝手が良く、滞在制作や小規模な展覧会にも適しています。
海沿いの土地は全般的に高騰していますが、渚町は権利関係が複雑な物件が多く、再開発が進んでいないことから比較的安価に活用できる余地がまだ残っているといいます。アーティストの多くは住宅としての利便性よりも制作や展示の可能性に目を向けており、既存のアート施設やショップとの連携による滞在制作・発表の場としての活用が、参加者の間で共有されました。

交流会による意見交換
ツアー後の交流会には、地域でアートや文化、不動産に関わる人々も多数参加し、地域環境や物件について意見を交わしました。
文化活動をしている関係者からは、熱海は移住者が多くイベントも多いことから、新しいことをやることに対して周囲が温かく見守ってくれる雰囲気があるという話が聞かれました。
地域で不動産業を営む「マチモリ不動産」の三好明さんは、アーティストと関わる中でさまざまな物件の可能性に気付いたと話します。事業性は意識しなくてはいけないけれど、それだけでないこともできたらという思いで、展示のために一時的に場所を借りたり、収益にはそれほど繋がらないような物件にも関わっていたりすると言います。
アートイベントの運営に携わってきた参加者からは、アートイベントで使われた場所が次の借り手に引き継がれる事例を多く見てきたという話がありました。「ATAMI ART GRANT」で使われた廃ビルなどの場所は、現在さまざまな形で活用されているといいます。一方で、借り手がつくことで展示場所が減り、活動の場が山側へと移りつつあるという現状も共有されました。


ツアーの担当者である戸井田さんからは、地域で文化活動に携わる人たちの多くが40〜50代になってきており、もう少し若い人に入ってきて欲しいという気持ちが語られました。移住を前提にする必要はなく、最初は通いながらでも、まずは地域のイベントに関わってみるのが良いのではないかとのことでした。継続して関わっていくうちに人や物件との繋がりが生まれるので、そこから自身の活動を始めていくのも良いといいます。
参加者からは、ワークショップや小規模な展示であればすぐにでも始められそうだという声や、地域のイベントに参加しながら自分の活動も展開していきたいという意欲が聞かれました。
今回のツアーが他の回と異なっていたのは、ホスト自身がアーティストであり、長年この地域で活動してきた当事者でもあったことです。紹介された物件や場所の一つひとつに、アートと地域が交差してきた具体的な文脈があり、それがツアー全体に厚みを与えていました。
移住を前提とせず、まずはイベントに参加しながら人や場所とのつながりを作り、その中で自分の居場所を見つけていく。そうした関わり方ができることもまた、この街の魅力の一つといえるでしょう。
執筆:細道航(gallery kankō)