文化やアートをめぐるさまざまなこと。
アーツカウンシルしずおかの目線で切り取って、お届けします。
いっぷく

vol.93
アートによる空き家活用「fresh air」ガイドライン完成報告会 レポート
(アーツカウンシルしずおか)
空き家の増加は、静岡県をはじめ全国各地で課題となっています。アーツカウンシルしずおかでは、この課題に向き合うため、2023年度からパイロット事業「fresh air」を立ち上げ、アートが空き家活用に果たしうる役割について検討を重ねてきました。
このたび「アートではじめる空き家活用ガイドライン」が完成したことから、本イベントは、その完成を参加者とともに振り返り、アートによる空き家活用の可能性を整理する場として開催されました。
ガイドライン完成までの道のり
報告会では、まずアーツカウンシルしずおかのプログラム・コーディネーターである立石より、アートによる空き家活用パイロット事業「fresh air」の概要を紹介しました。
空き家の増加は全国的な課題ですが、特に問題となっているのは市場で活用されにくい空き家です。老朽化や残置物、所有者の複雑な事情に加えて、少子高齢化や人口減少といった社会構造の変化が重なり、通常の不動産の枠組みでは再流通が難しい物件が各地に存在しています。こうした状況に対して、本事業では県内各地でまちづくりを手がける団体と連携してモデルプログラムや空き家見学ツアーを実施したり、実践者・専門家とのワーキンググループで議論を交わしたり、空き家活用にアーティストの視点や発想を持ち込み、新たな可能性を探ってきました。
立石は、本事業を通して見えてきたこととして空き家活用の初動にアーティストが関わることの重要性を挙げ、それを基に「アートではじめる空き家活用ガイドライン」を制作したとまとめました。

次に、現代美術の作家であり、熱海のまちづくり事業に関わる戸井田雄さんよりガイドラインの紹介がありました。戸井田さんは全国各地のアートプロジェクトに参加する中でまちづくりに関心を持ち、今から約10年前に熱海へ移住し、空き家を活用した宿泊施設の運営やアートプロジェクトのコーディネートなどを手掛けています。
ガイドラインで示している「アートを活用した空き家活用の流れ」について、戸井田さんはそれが唯一の正解ではないとして、地域の特性や状況に合わせたコミュニケーションを試行錯誤する参考として活用してほしいと語りました。
また、そこで取り上げられている熱海・静岡・浜松・掛川の4地域の事例は、それぞれ立場も状況も異なりますが、共通していたのはアートによって空き家に新たな関係や意味が生まれ、人と空き家の関係性がほぐれていく点です。こうしたコミュニケーションの積み重ねが、やがてまちの風景を少しずつ変えていく様子を共有しました。


続いて、「有限会社日の出企画」代表の山田知弘さんより、不動産業と物件所有者の視点からの現状報告がありました。日の出企画は、住宅や相続の相談からまちづくりの企画・運営まで幅広く手がける会社で、不動産業者が扱いにくい物件を買い取ったり借り上げたりしながら、コワーキングスペースや地域交流施設として再生し、エリアごとに設定したコンセプトをもとに事業を展開しています。
不動産業では、仲介手数料が家賃一カ月分であるという収益構造上、家賃を高く設定できる流通しやすい物件が業務の中心にならざるを得ないといいます。そのため、空き家の活用は本来、物件所有者が主体的に取り組むべきものだという指摘がありました。
また、空き家を動かす担い手の属性によって、対象となる物件の範囲が変わってくるという点も指摘されました。不動産業(仲介)は、主に新しい物件から比較的状態の良い古い物件までを扱い、扱う古い物件はかなり限定されます。一方で近年、その枠から外れてしまう古い物件を「資産」として積極的に活用し、各地の地域課題に対応していこうという考え方――「リノベーションまちづくり」――が浸透し、各地のまちづくり団体が手掛けるようになっています。しかしそこでも対象とならない放置物件がいくつも存在しています。山田さんからは、それらをも動かせる力をアーティストは持っているのではないか、という期待が語られました。なぜならアーティストは住むための場所だけでなく、展示場所としての一時利用や、状態をいとわない倉庫利用など、様々なニーズを有しているからです。だからこそ幅広い古い物件にアプローチできるといいます。
次に、空き家の所有者の意識についても指摘がありました。所有者は「貸したいが貸せない」と悩む人と、「そもそも貸したくない人」に分かれるといいます。後者の方が実は多く、知らない人に貸すことへの不安や物置として使い続けたいという事情、そもそも空き家を収益化しようという発想がなく現状に困っていない人など、経済合理性だけでは動かない複雑な感情が背景にあります。
そのような場合でも、アートプロジェクトやアートイベントの会場として一日だけ使うなど、あらかじめ期間を限定した利用であれば貸してもらえることがあるといいます。さらに、アートという言葉が商業的な目的ではなく地域文化への貢献を連想させることも、所有者に受け入れられやすい理由の一つとされています。これにより、そもそも貸したくない人の気持ちが動き始め、実際にアートイベントをきっかけにその後の賃貸につながった事例も報告されました。

クロストーク
クロストークでは、アーティスト・不動産・まちづくりの立場から、アートによる空き家活用への期待と課題が話し合われました。
戸井田さんからは、インスタレーション(空間全体を使った作品)を各地で制作してきた経験をもとに、空き家での制作はアーティストにとって刺激が強く、魅力的な表現につながりやすいという考えが示されました。美術館のようなニュートラルな空間とは異なり、空き家にはかつての暮らしの痕跡や多様な構造が残されており、それらと向き合いながら制作を行うことが求められます。また、空き家は地域の人々の日常生活に近い場所に位置するため、そこで制作される作品と出会う人との距離も近く、制作の過程や発表を通じて様々な人々と交流が生まれやすいことも、その特性の一つとして挙げられました。
さらに、アーティストの作品発表に関わる活動は、作品の搬入撤収などの仮設を前提とした作業が多くなるからこそ、住宅の構造を変えずに空間の魅力を引き出せる人も少なくないといいます。角材や単管を天井に突っ張って固定して絵画やモニターを設置したり、梁からワイヤーで作品を吊るしたり、仮設の壁で空間を仕切ったりと、建物を傷つけない設営方法はアーティストにとって身近な技術です。ガイドラインで紹介された浜松の事例でも、使用者であるアーティストが物件所有者の心理的・経済的負担に配慮し、いつでも原状復帰できる仮設的な使い方を心掛けている点が強調されていました。
一方で、アーティストの制作は設計図通りに進むものではなく、手を動かしながら少しずつ形づくられていくものだという指摘もありました。空き家での制作もその場の刺激によってプランが変わることがあるため、関係者にはその予測不能性をアーティストの面白みとして受け止め、発想を制限しない姿勢が求められるといいます。
さらに戸井田さんは、同じ言葉でも立場によって意味の捉え方が異なることを指摘しました。たとえば「原状復帰」という言葉一つをとっても、不動産側とアーティスト側ではイメージする範囲が異なることがあります。こうした違いに関連して、立石からは今年度実施した空き家マッチングツアーでのエピソードも共有されました。ツアーでは、演劇関係者が空間の広さを観客の収容可能人数で捉えているのに対し、不動産業者は坪や平米で捉えているという認識のずれが生じたといいます。こうした違いを踏まえ、両者のあいだを調整する「通訳者」のような存在の重要性が示されました。
山田さんからは、物件所有者は住居や店舗としての利用を前提に考えていることが多く、アーティストが入ると元に戻らないと思われがちなため、丁寧な話し合いが欠かせないという話がありました。実際に、壁を塗ろうとするアーティストを慌てて止め、代わりに仮設の壁を設置したというエピソードも紹介されました。
そのうえで強調したのは、アートはあくまで入口であるという点です。経済合理性だけでは動かない所有者の感情に働きかけ、貸したくないという気持ちをほぐす役割をアートが担うことで、その後を引き継ぐ不動産やまちづくりの担い手につながっていきます。アートが最初の「0.5歩」を切り開くからこそ、次の担い手がその歩みを引き継いでいくことが求められます。
クロストークの最後に立石からは、アート固有の自由な発想を尊重しながらも、関係者間で丁寧に認識をすり合わせていくことの重要性が改めて示されました。



ガイドラインの先
報告会の最後に話題に上がったのは「成果の捉え方」でした。アートによる空き家活用は、空き家の数を劇的に減らすものではないかもしれません。しかし、アーティストの「つくりたい」という熱意に触れることで、所有者や関係者の意識が少しずつ揺り動かされ、やがて共創関係へと発展していくことがあります。
こうした関わる人々のささやかな変化は、数値では捉えきれない豊かさを持っています。戸井田さんは、すでにまちづくり団体でも同様の取り組みは行われていると前置きしながら、プロジェクトの前後で住民の声やまちの変化を丁寧に観察していくことの重要性を語りました。ガイドラインでも、評価指標の一つとして、活用に向けていつでも相談可能な関係性にある所有者や空き家の数を把握することが提案されています。
最後に立石からは、「相続」というライフステージを通じて誰もが空き家問題の当事者になり得る点に触れ、現時点で空き家を持たない人にも、この課題を自分事として捉えてほしいというメッセージが伝えられました。あわせて、実際に直面した際にアートによる活用という選択肢があることを念頭に置いてほしいという呼びかけも行われました。
一方で、本ガイドラインが想定するアートのあり方については、今後の議論に委ねられている部分もあります。今回のガイドラインは様々なジャンルを内包するアートの中でも、美術を中心とした実践を背景としていることもあり、美術以外の分野の実践については十分に参照されていません。そのため、異なる領域における関わりについても、今後検討していく余地があるでしょう。
また、アートの地域との関係性をひらく役割が重視される一方で、作品やアーティストの視点が持ちうる批評性については議論の余地を残しています。アートによる認識の変化が、既存の価値観をなだらかに更新するものなのか、それとも時に摩擦を伴いながら新たな問いを立ち上げるものとなりうるのか。その振れ幅自体もまた、今後の実践のなかで問われていく必要があるでしょう。
ガイドラインはゴールではなく、それぞれの現場でどのように活用されていくかによって意味が変わっていくものです。会場では、このガイドラインをきっかけに様々な場所で議論が広がり、活かされていくことへの期待も示されました。
この日集まった人々の間で交わされた言葉が、それぞれの場所でどのように引き継がれていくのかという余白を残しつつ、報告会は幕を閉じました。

まちのすきまツアー
なお、報告会当日の午前中は、有限会社日の出企画が企画した「まちのすきまツアー」が実施されました。ガイドラインでも示された一般的な不動産情報には流通しにくい空き家を中心に、現在は使われていない建物や空間、用途が定まっていない「まちのすきま」を探し出し、活用に向けたアイデアを交換することでエリア全体を面白がろうという企画でした。

参加者に渡されたお題はシンプルなものでした。まちあるきをしながら、おもしろいスポットやいい感じの空き家、軒先での出店が想定できる場所など、現在は使われていない「まちのすきま」を発見し、その可能性を想像することです。
参加者が考えたアイデアは、ツアーのゲストであるイラストレーター・サノユカシさんがその場でイラストに起こしていきます。サノさんからは、「おもしろがるコツは、頭のネジを外して見ること」というアドバイスがありました。

約30分のまちあるきを終えた後、座談会の場で妄想が共有されました。商店街の空き店舗に食べ歩きと立ち飲みができる小さな飲食店を連ねること、公園の階段を客席にして屋外で映画を上映すること、川の飛び石に絵を描くこと、クリスマスマーケットを開催してトナカイを呼ぶことなど、多様なアイデアが次々と挙げられました。
それらの妄想をサノさんがその場で描いていきます。言葉では伝わりにくいまちの可能性が、イラストとして積み重なっていきました。このイラストは、後日ひとつの絵としてまとめられ、街に展示される予定です。



これまで見過ごされてきた「まちのすきま」も、見方を変えることで新たな使い方が立ち上がります。そのおもしろさや可能性を、参加者それぞれが体感する一日となりました。
人々の活動と、用途を問わず空き家を活用しようとする取り組みが重なるこの町で、アーティストが活動できる余地が静かに広がっているように思えました。
写真:齋藤洋平
執筆:細道航(gallery kankō)