CULTURAL RESOURCE DATABASE

ふじのくに
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天人女房

今から千二百年ほど前、蛇石火山から伊浜にかけてを領とする長者が住んでおりました。
長者は病で妻を失って、寂しい毎日をおくっていましたがある夜、道に迷った一人の美しい娘が、長者の家を訪れました。
娘をたいそう気に入った長者が何とかひき止め、もてなすうち、やがて娘は長者の女房になりました。
七年の月日がたつ頃、娘は三人の子の母になっていました。

ある年の夏、長者は倉の虫干しをするため、召使いに宝物を運ばせました。
女房は、ひとつの箱に目を止めて、これは何かと長者にたずねました。
「それはこの家一番の宝物だが、先祖からの言い伝えにより開けてはならぬ。開けば恐ろしい災いがふりかかるそうだ。」
「何が入っているのでしょう。」
「羽衣という物じゃそうな。このわしも、まだ一度も見ておらぬ。」
「まあ、すばらしい。ぜひ羽衣というものを見とうございます。」
「いや、ならぬ。ならぬ。たとえ、お前の頼みでも、こればかりは聞くかぬぞ。」
女房はそれでもしきりに頼むものですから、さすがの長者の心もゆるぎ、ついには箱を開けてしまいました。
女房は、飛びつくように羽衣を取り出してす早く身にまとい、やがて静かに舞い始めました。
すると、女房の体がふわりふわりと空に浮き、こう言いました。
「長者どの。実は私は、天人でございます。この羽衣をもとめて、そなたに近づき、妻となりました。今は天に帰らなければなりません。どうか、子どもたちを、りっぱに育ててくださいませ。」
と、言うなり、星のように、きらきらと光る羽衣をひるがえすと、空のかなたへ消えて行きました。

長者は、残された子どもたちを抱いて、毎日嘆き悲しみました。
それから、長者の家には、笑い声一つ聞くかれなくなり、大勢の召使い達も、一人去り、二人去りして、長年栄えた長者の家も、あとかたもなく崩れ落ちて、今はただ、長者が原という名前が残るだけの、すすきの野原に、なってしまったということです。
参考:まんがたり

所在地 賀茂郡南伊豆町伊浜
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