加藤種男アーツカウンシル長による連載コラムです
静岡県ゆかりの祝祭芸術
熱海出身の世界的な音楽家・巻上公一はホーメイにも深く心酔していて、トゥバ共和国からホーメイの第一人者のグループである「チルギルチン」を招聘した。
ホーメイとは、モンゴルのホーミーと同様に、喉を巧みに使うことで、一度に複数の高さの声を出して歌う不思議な歌である。
チルギルチンのコンサートはグランシップや熱海起雲閣でも開催され、北本麻理(アーツカウンシルしずおか)によると、その不思議な声に「身を乗り出し、どよめく歓声が」起こった。
ホーメイは草原の遊牧民族が神々と交信し、また、遊牧の間、お互いの位置を確認するためにもできるだけ遠くまで声を届けようとする努力から生まれたものだろう。日本でも山仕事をする人が、自分の入っている山の位置を知らせる意味もあって、歌を歌ったことを宮本常一が記録している。
コンサートで歌われたホーメイは、遊牧の民だけに馬にかかわるものが多い。若者と花嫁を歌ったものや子守歌などもあって、ホーメイが生活に根差していることがよくわかる。
巻上公一はこのホーメイに限らず、口琴などの技法を取り入れて音楽世界を拡張してきた前衛的な音楽家だ。
前衛的な音楽といえば、どちらかというと辛気臭い小難しい世界に沈潜しがちなのに、いわば楽しめる前衛音楽家である。 世界的に活躍して評価が高く、テクノポップとかいわれるが、そんな分類は巻上公一の場合あまり重要ではない。 本人自らが「例外を作り出す」ことを真骨頂としていると公言しているのだから。
チルギルチンのコンサートでは司会をした巻上公一の語り口について、「親近感のわく語り掛けに会場が沸」いたと北本が報告している。
馴染みのない音楽を紹介しても巻上は祝祭性を重視する。 祝祭性は民衆の生活に根差した音楽に宿っている。 だから、どこにも当てはまらない変な音楽を次々と生み出しながら、しかも、それが楽しく親しめるという稀有な世界を出現させる。
祝祭音楽家の面目躍如である。
巻上公一が主宰する「熱海未来音楽祭」は、アーツカウンシルしずおかの文化芸術による地域振興プログラムに参加している。 この音楽祭が参加していることで、プログラムの多様性と幅が広がっている。
ホーメイを生んだトゥバ共和国は、独立した国を形成していたが、ソ連時代のロシアに併合されてしまった。これはトゥバ文化の危機でもあったが、人々の文化を継承する努力によってホーメイは生き延びた。
文化の多様性を維持するのは容易ではないが、広く世界にその存在を知ってもらうことも、絶滅を防ぐ方法だろう。日本でも、何人かの人がホーメイの存在に気づき紹介してきたが、現在その最も熱心な体現者が巻上公一である。
巻上は、世界の様々な音楽に目を向けること、特に「例外的な存在」である少数民族や先住民族の音楽にも丁寧に目を向けることによって、いわば文化の多様性保全に総合的に取り組んでいる。
こうしたお宝の音楽家が活躍することで、熱海にとっても、静岡県にとっても未来は明るい。