文化やアートをめぐるさまざまなこと。
アーツカウンシルしずおかの目線で切り取って、お届けします。
いっぷく

vol.99
行き先を告げない音楽祭
(チーフプログラム・ディレクター 櫛野展正)
「次はどこへ行くんですか」。
雨の熱海銀座で、その問いを口にする人はいなかった。
いや、口にする必要がなかったのだと思う。

今年で8回目を迎えた熱海未来音楽祭は、「謎の船が出港する」という巻上公一さんの言葉とともに幕を開けた。
行き先は未定。
その言葉の中で巻上さんは、イギリスの詩人ジョン・キーツを引いていた。
キーツが1817年、弟たちに宛てた手紙の中で「ネガティブ・ケイパビリティ」と名づけた。
謎を謎のまま抱えておける力、答えの出ない状態に耐える力のことだ。
巻上さんはそこに「寛容」という言葉を重ねていた。
白黒をすぐにつけたがる現代にこそ、あらためて響く考え方かもしれない。
昨年このコラムで、僕は熱海という街の混沌を即興が創造の資源に変えていると書いた。
今年、現場を歩いて感じたのは少し違うことだった。
この音楽祭が育てているのは、混沌そのものではなく、混沌を前にしても立ちすくまずにいられる、僕たちの側の身体なのではないか。
初日の朝、起雲閣で開かれたムックリのワークショップには、高齢の方から小学校低学年の子どもまで25名ほどが集まった。
講師は、阿寒湖から来たアイヌの姉妹ユニットKapiw&Apappoの二人。

竹でできた口琴は、音を出すだけでも難しい。
輪になった参加者たちは、うまく鳴らない理由もわからないまま、汗をかきながら何度も紐を引いていた。
できないことを、できないまま楽しむ。
音楽祭の一日は、そんな時間から始まった。
午後のライブで二人が奏でたアイヌの弦楽器トンコリは、人の体をかたどり、胴の中に魂とされる玉を宿す楽器だった。
その隣で、巻上さんの演奏台にはコルネットや世界各地の口琴と並んで、水道用の塩化ビニール管が置かれていた。

巻上さんはそれを吹き鳴らし、管の中に声を響かせる。
ホームセンターで売っている管が、その瞬間に楽器になる。
「これは何か」と問う前に、もう音が鳴っている。
魂の宿る楽器と、日用品の管。
その二つが同じ空間で、何の説明もなく響き合っていた。

続く「ノマドダンスフェス」は、3人の音楽家と3人のダンサーが街を巡るパフォーマンスだ。
僕ら参加者も含めた一行はEOMO storeを出発し、築70年の旧妓楼「旧つたや」、いまは使われていないファッションヘルス「ピンクムーン」、そしてカフェ「WHiCH SAND WiCH」を巡っていく。

驚いたのは、移動の案内が一切なかったことだ。
サックスが鳴り、ダンサーが歩き出すと、参加者はその音と動きについていく。
行き先は誰にも告げられないのに、迷う人はいなかった。
カフェでは、店内で踊るダンサーを参加者が窓の外から見守った。

店の中では、パソコンに向かう客が仕事を続けていた。
踊る人と、キーボードを叩く人。
どちらも同じ店の「日常」として、そこにあった。
最後はEOMO storeの2階に全員が集まり、即興のパフォーマンスが続く中、配られた風船の空気を抜いて音を鳴らし、一斉に割って幕を閉じた。
気づけば、見ていたはずの僕たちも即興の一部になっていた。

夕方には、口琴とパーカッションのユニット「蜂と瓜」が登場した。
反復するビートに口琴を重ねるこのユニットの音楽は、昼のムックリとはまた違う口琴の顔を見せてくれる。

一日を通して、ひとつの楽器が何者なのかという問いは、答えの出ないまま広がり続けた。
こうした顔ぶれは、いずれも巻上さんが各地のステージで実際に音を交わしてきた相手だ。
共演の手ごたえを頼りに人を招く。
その選び方自体が、あらかじめ結果を約束しない、即興的な態度なのだと思う。
この音楽祭には、場を仕切る司会者がいない。
時間になるとなんとなく始まり、なんとなく終わる。
ワークショップに参加していた作家の田口ランディさんは、巻上さんのイベントには自然な時間が流れていて、場を作り込みすぎないところが好きなのだと話していた。
ある演目で観客として座っていた人が、次の演目ではダンサーとして踊っている。
そんな場面も珍しくない。
見る人と演じる人、わかっている人とわかっていない人。
その境界線が、ここではいつも曖昧なままだ。
僕たちは日々、「わかること」を求められている。
目的は何か、効果はどうか、何のためにやるのか。
文化事業も例外ではなく、説明のつかないものは後回しにされがちだ。
けれど、自分と異なるもの、予測できないものと隣り合って暮らす場面は、これからますます増えていく。
そのとき必要になるのは、わからないものを排除せず、ひとまずその場に居合わせてみる力ではないだろうか。
キーツが名づけたネガティブ・ケイパビリティとは、きっとそういう力のことだ。

とりわけ熱海は、観光地として「わかりやすい魅力」を求められ続けてきた街だ。
名所や名物、写真映えする景色。
そうした明快さの裏側で、古い建物や路地は説明のつかない「余白」として取り残され、次々と姿を消している。
この音楽祭が舞台に選ぶのは、まさにそうした余白の場所だ。
わからないまま残されたものに、わからないまま身を置いてみる。
その経験は、街の見え方を少しだけ変えてくれる。
雨の日の路地で踊るダンサーに、通りがかった人がカメラを向けていた。
その場に居合わせた人たちに戸惑う様子は、ほとんどなかった。
各プログラムには30名前後が集まり、2日間の通し券を手に会場を渡り歩く人の姿もあった。
8年間、この街に「わからないもの」を持ち込み続けてきた時間が、確かにそこに積み重なっている。
謎の船は、今年も行き先を告げずに港を出た。
その船に乗り込む人が、少しずつ増えている。