文化やアートをめぐるさまざまなこと。
アーツカウンシルしずおかの目線で切り取って、お届けします。
いっぷく
vol.57
孤独・孤立対策とアートプロジェクト
(プログラム・ディレクター 鈴木一郎太)
アーツカウンシルしずおかは、社会にさまざまな課題や状況がある中で、アートプロジェクトやアートの視点がそれらに対応する時のひとつの方法として、より活用されることを推進しています。
社会の各方面の動きを追っている中で、今年度よりテーマ別のセミナーを始めました。10月の「高齢者」の回に続き、11月7日には「コミュニティ」をテーマとして開催しました。そのゲストのプレゼンでは、人が健康に生きるためにもコミュニティの存在が有益であるといった研究結果のご紹介もあり、個人的にも、人のコミュニケーションについてあらためて考えるきっかけをいただきました。そんな折、静岡県社会福祉協議会さんから、今年度立ち上げられる「ふじのくに孤独・孤立対策プラットフォーム」の情報提供を受けました。
「UNMANNED 無人駅の芸術祭」での変化
我々が支援するアートプロジェクトにおいて、その実施プロセスの中で地縁や趣味をもとにした新たなつながりが作られると共に、普通に暮らしていたら出会わなかったであろう人たち同士の出会いが生まれたというエピソードを聞くことが少なくありません。
大井川鐡道沿線地域で展開される無人駅の芸術祭では、芸術祭開催をきっかけとして、作品が展示された建屋がある敷地内の母屋に、地域と距離を置いてひとりで暮らす男性が、少しずつ外に対して開かれ、コミュニケーションを楽しむようになったという変化があったと聞きました。
それまで自分の世界の中で生きているような雰囲気だったようなのですが、芸術祭に併せて自作の町の地図を作って来場者に配ったり、スタッフやアーティスト、そして地域の方々の集まりに自ら参加したりするようになったそうです。その地域出身のスタッフは学生時代から彼のことを知っており、その変化に喜び、そしてとても驚いていると話してくれました。
こんな話を聞くと、アートプロジェクトも「孤独・孤立」対策に一役買いそうな気がしてきませんか?
この芸術祭は「無人」をテーマに、地域やそこに住む人々から導く「地域の再発見」を謳っており、「孤独・孤立」の課題に絞って取り組まれているものではありませんが、主催者が幅広く地域を見渡す視野を持っており、出身地や居住地、世代、肩書を越え、フラットな関係性の中でワイワイ楽しく行われる空気感をつくっています。そんな雰囲気や関わる人の中に自然と立ち表れる寛容な心によって、彼自身が誘い出されたのかもしれません。そこには主催者である前に地域で育った生活者であるということも活かして事業推進しようという心意気からくる、スタッフの微細な配慮が実は大きな働きをしたのだろうと想像します。
片手間のスタンスが生む成果
ひとつの側面は仕事的で、一方に地域の生活者という側面もあるというのは、現代に生きる我々にとってまったく珍しい状態ではありません。その間にどのくらいの厚さで仕切りを設けているかの違いがあるくらいでしょう。しかし、その仕切りを薄く保つことさえできれば、別のところに目的意識を置き、主たる狙い(今回の例は「孤独・孤立」対策)には片手間で取り組むくらいのスタンスが、力が抜けていい成果につながるといったこともあるかもしれません。
渾身の直球からも意義深い成果は生まれると思いますが、受け止めるための準備や技術が整っていなければ、重そうなのでとスルーしてしまうこともありますよね。そんな風に考えると、今回新設されるプラットフォームには、直接的に取り組まなくても、頭の片隅で課題を意識する団体も含め、様々な主軸を持つ参加者が集う場になることが大切ではないかと考えました。
「ふじのくに孤独・孤立対策プラットフォーム」では、11月20日(月)に設立記念シンポジウムの開催を予定されているとのことです。
シンポジウムへのお申込みは13日までですが、追加申込の可否や、プラットフォームの詳細については静岡県社会福祉協議会の権利擁護課、または地域福祉課までお問い合わせください。
アートの視点も含んだ地域福祉教育副読本
また、静岡県社会福祉協議会は中学生向けの福祉教育副読本を制作し、この9月に県内全中学2年生、中学校、市町社協に配布しました。アーツカウンシルしずおかでは静岡県社会福祉協議会からの依頼を受け、地域福祉教育副読本とその活用ガイドブックの制作に編集とデザインプロデュースとして関わらせていただきました。
制作にあたっては、増田樹郎静岡福祉大学学長と部会長とした各市町社協有志からなる作業部会のみなさまと議論を交わしながら内容を詰めていきました。タイトルや方針のご提案、原稿の一部原稿の執筆、とりまとめ、デザインやイラストのプラン等全般にわたってご一緒させていただいた中で、こうした学びを地域で実践的に展開するアーティストによるアイデア提示のページも入れさせていただきました。
この副読本が教育現場で活用され、中学生や地域のみなさまが自分なりの考えをまとめる機会となり、日常生活と地続きのものとして地域福祉がより深まることを期待します。また、アートの視点や思考の多方面での活用例としても受け取っていただけると幸いです。
地域福祉教育副読本「ちいきふくしの練習帖 ふむふむ程度。」のPDF版は静岡県社会福祉協議会ホームページからダウンロードしていただけます。
http://shizuoka-wel.jp/action/education/
詳細やガイドブックについては、静岡県社会福祉協議会地域福祉課にお問い合わせください。
社会の各所にアートの視点を
アーツカウンシルしずおかは、一見つながらなさそうな物事でも同一の視野に収め、共通項や類似点を見出すなどし、そこに人々の創造性が活躍する場面が拡大されることを志しています。社会各所でのイノベーション促進と言うと大袈裟かもしれませんが、地域やそれぞれの生活や人の特色が表れたユニークな発想や試行錯誤が表現されることで、おもしろいことがたくさん起きている魅力的な地域になる未来を実現しようと取り組んでいます。
次回セミナーは12月15日(金)に森町で「空き家」をテーマとして開催いたします。 空き家に関心のある方、アートプロジェクトのユニークな発想にふれてみたい方など、ぜひ太田川を辿ってお越しください。
「空き家×アート」セミナー
空き家の新たな価値を見出す・ひらく
日時:2023年12月15日(金)14:00~16:00
会場:森町文化会館小ホール(周智郡森町森1485)
ゲストスピーカー:羽原康恵(特定非営利活動法人取手アートプロジェクトオフィス)
事例発表:一般社団法人モリマチリノベーション×遠藤七海
合同会社so-an×癸生川栄(eitoeiko)
龍山未来創造プロジェクト×スズキサチコ
OKUSRUGABOARD×吉野祥太郎
モデレーター:山田知弘(有限会社日の出企画)