北に富士 南に我家 梅の花
高浜虚子(1874~1959)はしばしば修善寺を訪れ新井旅館に滞在している。
旅館の主人相原沐芳とは夫人同士が女学校の同級生という縁で親しく交際していた。
句は沐芳の立場に立って詠んだものだが作者の心境も強く反映している。
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ふじのくに
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- 石碑
- 伊豆市
高浜虚子の句碑(修善寺梅林内)
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