文化やアートをめぐるさまざまなこと。
アーツカウンシルしずおかの目線で切り取って、お届けします。
いっぷく
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vol.48
漂泊する「コミュニティ」
(プログラム・ディレクター 北本麻理)
こんにちは。プログラム・ディレクターの北本です。
9月の終盤に「第4回熱海未来音楽祭」に参加してきました。
名前のとおり、熱海で開催される音楽祭で、熱海在住の世界的アーティスト巻上公一さんが、まちとの繋がりを育みながら毎年行われています。
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熱海ってあらためていいですね。
海は広いし、食べもの屋さんもいっぱいあるし、人はぞろぞろたくさんで賑やかだし。温泉もあって最高ですよね。
そう思うと、熱海は「行きたい」「訪ねたい」場所となる要素が詰まっている土地だなと思います。
海と山と温泉に恵まれ、賑わいのある観光地熱海で開かれる“未来音楽祭”は、いったいどのようなものなのか。レポートします。
私が訪れた9月25日は、ザ・晴天。 昨今のレトロブームもあってか、熱海にはレトロなファッションの老若男女が、一層よく映えている。
晴れ晴れしくにぎやかな商店街の一角に、アーシーな服飾で人気の店舗がある。覗いてみると、白い顔と白い衣裳の、まるで人形のような男女がコミカルに踊る姿が目に入る。
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人形たちがショーウィンドウに収まると、路上に寝転ぶ黒服の男が異彩を放ちながら、観客たちを誘う。
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こうやって異世界の住人たちに導かれ、私たちは隊をなし、知らない世界へと連れていかれる。知らない世界は、熱海の空きビルとダンサー、ミュージシャンが創り出す世界。
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この日のプログラムは盛沢山で、このあとサンビーチまでのパレードと海辺のパフォーマンス、服飾店、飲食店、シェアオフィス、服飾店と場所を変えながら行われる音楽ライブ、と続いた。
海水浴を楽しむ人の多いビーチで、また異世界へと繋がりそうなラビリンス・ドア。
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ドアが開くと羽織袴の男が出現。 熱い太陽を浴びながら、砂浜で過去と未来のガイド役となり、一心に謡っている。その周りには奏者が、前には跳ねるダンサーが、真剣に集中力を高めて、パフォーマンスを繰り広げている。
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久しぶりに、見た。
身体から発せられる無意識のような意識。 羽織袴の男が、見えないなにかに語りかけるような所作。
少し離れたところには、水着ではしゃぐ人々の姿。 海水浴という非日常と、砂浜に立ち上がる劇場空間のような非日常。 複数の非日常が交じり合いながら、コントラストを作っている。見渡す限りのビーチが檜舞台となり、水着姿の人も、パフォーマーも、誰もが檜舞台に立つ様を私たちは見ている。
カツカレーが人気の洋食店。 裏口の厨房から入り2階に上がる。
テーブルが寄せられ椅子だけが並ぶ、広くはない洋室で二人の男が音を出す。 モノを叩いたり擦ったり落としたりして出す音、口から発せられる音、対峙する音と音。 椅子に座ってみている観客と、男たちの動作に伴って放たれる音。
「プシュ」
と小さな音が隣の椅子から耳に入る。一気に高揚する。
ここに居るひとはみんな、二人の男も含めて高揚している。ここに居ても良いことを感受している。お互いに。
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1つ前に見た三味線と能楽のパフォーマンスのあと、会場が「おおぅ」と共鳴した。共体験を会場を移動しながら重ねていく。
ラストステージは、アコーディオンと歌。昭和歌謡を高らかに歌う人の合間のおはなしに、おだやかな笑い声が絶えない。
ずっと感じていた、敷居や境界の存在しない居場所。
見上げると空が青いことに気づいたり、喧噪の中ふっと音を聞き取ったり、すっと肌をすべる風を感じたり。
視覚、聴覚、触覚が、敷居や境界の存在しない、ただそこにいてもいい居場所で感じたことを、思い出させてくれる。
その瞬間瞬間、漂泊するコミュニティとしての居場所が出現するだろう。この感覚の居場所が未来なのかもしれない。
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「熱海未来音楽祭」はまだ続きます。
海外からアーティストを招聘してのライブ・コンサート。
モンゴルに隣接する『トゥバ共和国』から、トゥバ共和国を代表する伝統音楽グループ「チルギルチン」が来日。放牧の民が、馬に乗るとき、子守のときなどに歌う民謡。唸り声のような低音と、口笛のような高音を同時に歌う「倍音」を使った歌唱法は独特で、2つの世界観が一度に一人の人間から繰り出されるような、不思議な歌声です。
静岡県内では東静岡のグランシップと熱海でコンサートが行われますが、「チルギルチン」のメンバーの中にはグラミー賞を受賞された方も。
トゥバ共和国と静岡と未来。 時間と空間を行ったり来たりする、感覚の旅を体験してはいかがでしょうか。
10月9日(日)15:00〜
グランシップ提携公演
南シベリアに伝わる奇跡の歌声~ホーメイ
グランシップ 中ホール
10月15日(土)18:30〜
ロシア連邦トゥバ共和国ホーメイグループ
チルギルチンコンサート「トゥバのホーメイ〜歌声の蜃気楼」
熱海起雲閣音楽サロン